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今後とも、よろしくお願いいたします。

2015年08月09日

「映画クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ!オラと宇宙のプリンセス」その2 どっちも大切だと思ったら



わたしは子供のころから映画が好きで、
12歳の時に映画を作っているジャッキー・チェンの表情に
衝撃を受けてから、
自分も映画を作りたい思うようになりました。

でも、大人になって実際に映画作りを続けていると
本当に自分がやりたかったのは映画作りなのかな?
と疑問がわいてきました。

かなり近づいたのは間違いないけど
なにかがピッタリ来ていない。

人に説明のしようのない心の底からの
ちいさなささやきのような声。

映画ならいいわけではない。映像ならいいわけじゃない。
わたしが映画に興味をもったのは自然なことだったと思います。

父も母も映画好きで洋画番組はいつも流れていました。
そして、母は昔話などの本を読んでくれたり
劇に連れて行ってくれたりしました。

ずっと物語に触れていたのです。
だから、わたしは『おはなし』が好きなんです。
そのことに気づいて、今度は脚本の勉強をして
お話づくりに夢中になりました。

自分で脚本を書いて映画を撮影して、
シナリオコンクールや映像コンクールに出品。
なんてことをやっていたのですが、
まだズレは無くならない。

一方で、映画や物語に触れたい欲求は止めようがありません。
自分が作るなら、もちろん素晴らしい作品に
たくさん触れることも大事なのでしょうが、
それよりももっともっと豊かな人生経験をしたり
習作をバンバン、次から次へと作るべきなんじゃないの?

そんな葛藤に苦しんだりもしましたが、
わたしにとっては物語作品に触れることも
発信することも両方大事でした。

そこで自分の心のささやきに沿って
少しずつ調整していくと、
自分が映画を作って発信というのは
たしかにカッコイイし憧れるけど、
そこにこだわっていると心のささやきに沿えないことが
わかってきました。

発信欲求はあるけど、手段が微妙に違うようなのです。
そうやって自分の中の欲求と相談をしながら
両方をかなえる形をやってみているのがこのブログです。



小学5年生の息子。
小学生低学年のころに彼がハマった
「クレヨンしんちゃん」の映画に、夏休みスタートとともに
改めてハマっていました。
妻の実家に行く時も、わたしの実家に行く時も
彼のライブラリの中から数枚のDVDを抜き取って持参。
カーナビをDVDで占拠したり、祖父母宅のテレビを占拠したり…

「映画クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ!オラと宇宙のプリンセス」

を、数年ぶりに観ることになりました。

しんのすけのプリン。大事なオツヤ(おやつ)です。
ところが少し目はなした隙に、
まだ言葉も話せない妹のひまわりに食べられてしまいます。
とても楽しみにしていたしんちゃん。
一瞬にしてプリンが消える理不尽に、
怒りを爆発させて、ひまわりを泣かせてしまいます。

「お兄ちゃんなんだから、妹を泣かせちゃだめでしょう!」

かあちゃんにも、とおちゃんにも怒られて、
我慢できなくなったしんちゃんは叫びました。

「お兄ちゃんなんかやめてやる〜!!」

地球と兄弟星の惑星ヒマワリでは、
宇宙の平和のバランスをとっているパワー
「ヒマ」の不足が問題になり、
「ヒマ」の調和をもたらすという伝説の
プリンセスを探していました。

言い伝えによれば、カスカベという地に生まれ、
ヒマワリという名をもつとプリンセス。

その姫を探して春日部にやってきた
惑星ヒマワリからの使いに
「どーぞどーぞ連れて行ってください」
と、ひまわりを手放す契約書にサインをしてしまうしんちゃん。
すると、事情を飲み込めていない母みさえと父ひろしも一緒に、
家族そろって惑星ヒマワリに連れて行かれます。

ひまわり姫が見つかったことで星をあげての
お祭りムードになる惑星ヒマワリ。

ところが、しんちゃんたち野原一家に突きつけられた事実は、
野原ひまわりは今後は惑星ヒマワリのプリンセス。
惑星ヒマワリの民みんなの姫になった。
だから、生みの親のものではないというもの…。

愛娘ひまわりを取り戻そうとする母みさえと父ひろしの
暴れぶりに手を焼いた惑星ヒマワリは、
しんちゃんもろとも地球に強制送還してしまいます。

この先30年、ひまわりに会えないと知ったとき、
しんちゃんは、大変なことをやらかしてしまったと気付くのでした。



この作品は2013年01月11日の記事
ブログの100記事記念で取り上げていました。

2年半前ですね。
いつの間にか記事数が1000記事を超えている今見ると
懐かしい気分になります。

初めは毎日ブログを書くなんて、
自分にできるかな…

なんて思っていましたが、気が付けば
習慣としてすっかり定着してきました。


映画のクライマックスで、
妹のひまわりを取り返そうとするしんちゃんが
宇宙のバランスを保つことを取るのか?
それともひまわりを取り返すのか?

という究極の選択を迫られます。

ひまわりを自分のもとに取り返すと
宇宙のバランスが崩れるというのです。

その葛藤は、ひまわりとしんちゃんが
宇宙のバランスを保っている天秤の両端に置かれる
という状況によって表現されます。

「そんなの、どっちも大事だぞ〜」と
迷わずひまわりのもとへ歩き出すしんちゃん。
当然宇宙のバランスをつかさどる天秤は
バランスを崩します。

あわてて自分の位置に戻ったしんちゃん。

彼はあきらめません。
しんちゃんはひまわりに
「お兄ちゃんのところへおいで」と声をかけ
ハイハイしてくるひまわりに合わせて
自分も天秤の真ん中に少しずつ歩み寄ります。

素晴らしい表現だな〜と
涙をこらえながら感心していました。


二兎を追うものは一兎をも得ず。
とは言いますが、
じゃあ、その一兎とはどういうくくりなのか?

それって、結局“自分の大切なもの”
ということなんだと思います。

もちろん、あれもやってこれもやって
と何でもかんでもできるわけではない。

でも、何か一つを突き詰めないといけないのなら
それは自分の心の奥の声を聴くことと
それを実現させることだと思うんです。

外側で自分が興味をひかれたり
心ふるえたりする物事というのは
自分の内なる声が反映しているものですから
その興味がバラバラでも
それらを歩み寄らせたところに
自分なりの答えというのが見つかる。

わたしはまだ模索中ですが、
きっとその捉え方は間違っていないと思います。

自分の心が震えるもの
大切だと思うもの、
それは全部大事なものです。

どっちか一つを選ぶのではなく
自分を軸に両方から集約してくる点を見つける。

それがどちらをも大切にする
という感覚ではないでしょうか?



              全ての物語のために









posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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