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2015年08月01日

ドラマ「ナポレオンの村 #2」その2 幸せ力の源



夏休みの最初の旅行として
妻の実家へ行ってきました。

来るまで2時間の小旅行。

わたし個人の1番の目的は
お義父さんと飲むこと。

そして、2番目の目的は
お墓参りでした。

残念ながらお墓参りは果たせず。
次の機会へと・・・

そもそも、お義父さんと会うこと自体が
数年ぶりでしたから、
その「次の機会」はいつになることか?

そう思うとまた不義理だな〜

と自分で思ってしまいます。
しかし、自分のやりたいことばかりを言って、
お義父さんたちに迷惑をかけていては
「なんのために帰ったんだ?」と
本末転倒になるわけで…

やっぱり孫との時間が一番かな〜と
無理を言えないわけです。

わたしがなぜ墓参りを考えるのか?

それは基本的な感謝の気持ちを
子どもにもしっかりと持っていて欲しいからです。



義父の家の近くを流れる遠賀川、
晴れ空の下その川沿いにたたずんで
雄大な景色の中にいました。
妻は妻で幼少期に良い環境に育ったんだな〜と
改めて思いました。
自然豊かな村を舞台にしたドラマ

ドラマ「ナポレオンの村」

第2話を、もう一度、取り上げたいと思います。

神楽村に、都会から移住者してきた橋尾家の面々。

15歳の長女・ヒロミ(山口まゆ)は
村の病院に結核で入院している母、千恵(菅野美穂)に、
手作りのおかゆを食べて欲しいと願います。

病院食のお米は美味しくないのだとか…

浅井(唐沢寿明)は、
神楽村にあるものを使って土鍋やかまども手作りし、
最高においしいおかゆを作ろうと提案します。

米、水、炭、かまど、
そして土鍋を焼く陶芸釜…

浅井とヒロミ、そしてまたもや巻き込まれた由香里(麻生久美子)は、
村の人たちに協力を頼んでまわります。

しかし村で唯一土鍋を焼ける釜を持つ陶芸家の
青年団員・猿山(吉田祐希)は、
まだ、あいさつの時に村人たちに取った
ヒロミの言動を許しておらず、
責められたヒロミも「もういい!」と出て行ってしまいました…。



神楽村で生きていくには
自然との共存が必要です。

地主であり神主でもある菰田が
ヒロミに問いかけるシーンがあります。

自然と共存するために必要なことは
なんだろうね?

その時のヒロミは素直ではなかったので
興味ないとスネた態度をとっています。

しかし、自分がしでかしたことで
村の人たちに心配や迷惑をかけたことから、
反省し、菰田が問いかけた意味を
言葉ではなく態度で示せるようになります。

菰田は言葉で説明していました。

自然と共存するには感謝が必要なんだよ。
と…

わたしは、はじめ自然と共存するために必要なことは?
という問がドラマの中で出てきたとき、
「周囲との協力かな?」と思って観ていたのですが、
もっともっと、壮大で深いお話だったんですね。

わかりやすく作られているからと言って、
浅いドラマということではないよという事ですよね。

でも、その通り、結局は感謝の気持ちが大切。
周囲の人との協力関係も
感謝の気持ちが無ければよい関係が築けない。
信頼関係は感謝から生まれる。


小学5年生の息子は、
男子特有のやりっ放し感があります。

一番目につくのは、おしっこをしても流さない、
便座もあげっぱなしです。

何度言っても治らない(笑)

わたしも、「あとでいいや」と机の上に置いたものが
すぐに山積みになっていって収集がつかなくなるので、
人のことは言えません。

そういう立場であることは自覚した上での指摘ですが
妻と息子が食器を下げる時に
流し台にポンポン!と無造作に置きます。

一応水につけるのですが、
箸なんか投げ入れた勢いであっちゃこっちゃに
方向バラバラで飛び散っています。

何だろう?

と考えたときに感謝の気持ちの足りなさに行きつきました。

食器類が、自分の手元に来るまで、
自分が快適に食事を出来るように
道具として眼の前に揃ってくれたことこと、

そのことへの感謝が足りていない。

箸だって茶碗だって、
それを作った人から販売店への配送や売り手の工夫…
多くの人が携わって自分のところにきている。
自分が快適に食事を出来るのは彼らのおかげです。

食器や道具を作っている素材そのもののおかげでもある。

そういうモノを粗末に使うというのは
どうしてもわたしには気になるわけです。

もちろん、食事を作ってくれるのは妻ですし
息子が自分で食器を下げられるという
素晴らしいことには感謝していますよ。

それでも、文句を言うのか?
と言われますので、文句は言わないのですが
実はそれとなく観ていて気付いたこと…

物事への根本的な感謝の気持ち。

墓参りを考えるのも、
仏壇が普通の家庭から姿を消しつつある中で
御先祖に対する感謝の気持ちを
日々の行動で示す機会も減っています。

形だけでも、仏壇に手を合わせる習慣があれば、
意味はあとあとからでも分かってくるものでしょうが、
そういう機会が極端に減っている。

それが何の意味があるの?
と言わんばかりに忘れ去られているように感じるわけです。

墓参りというのは体験、経験ですから
そういう心身の記憶にしっかりとしみこんでいくような
経験を避けたいわけです。

だから墓参りをさせたかった。

ことしの夏はもう一つ、
わたしの実家へも行くことになっているので
そこではしっかりと仏壇に手を合わせて
墓参りをしたいと思います。

ひとつひとつの物事への
基本的な感謝。

これは幸せ力の基本中の基本になることです。



               全ての物語のために











posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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