お知らせ 2019年10月1日からこのブログ
「あなたの幸せ力を引き出すストーリーセラピー【ストセラ】」は
https://storytherapy.net/
へ移行します。

こちらのseesaa版は、これまでの記事のアーカイブとして残します。
今後とも、よろしくお願いいたします。

2015年07月19日

「ターミネーター2 特別編」年齢で変わる感受性(センス)



センスがないとか感受性が鈍いとか、
芸術的なセンスはわからないからとか…

そんなことを言っている人も多いですが
わたしたちは日々いろいろなことを感じながら
そして無意識にも考えながら生きています。

その積み重ねが歳を重ねるということです。

「マッドマックス 怒りのデス・ロード」の
脚本・監督をしたジョージ・ミラーは
今70歳です。

わたしよりも映画理論に詳しい先輩に言わせると、
あれはクロサワ映画をしっかりと踏まえたうえで
緻密に計算しつくされてつくられた
10年に1作現れるかどうかの傑作だそうです。

映画を専門で学んできたわたしでも
気付かなかったことまで気付いて
いろいろ教えてもらいました。

たしかにストーリーテリングや
映像の原理原則としての理論と照らしても
ピッタリとそのセオリー通りです。

その上、黒沢明の映画まで
踏まえてあるとは…

でも、そう言った映画の基本を押さえたうえで
それらをしっかりと組み込んだ緻密さというセンスと
職人技に加えて、演出のセンス、
それにビジュアルセンスやバイオレンス・アクションや
冒険活劇的な魅せ方や音楽やファッション…

全てにおいてのセンスが
時代の少し先を行っている…

70歳のセンスではないと思っていましたが、
センスは衰えるものではなくて
積み重ねるものだと自分自身で感じて、やっと腑に落ちました。



まだ最新作を観にいける日取りが決まっていません。
でも、充分予習は出来ました。

「ターミネーター2 特別編」

を、ブルーレイで鑑賞しました。

1994年のロサンゼルス。

10年前のサラ・コナーと
ターミネーターの死闘を知る者は無く、
数年後の機械と人間の戦争を口にしたサラは
精神病患者として収監されていました。

カイル・リースとの間に生まれた息子ジョンは
養父母の下に引きとられていました。

そんなロサンゼルスに再び
2体のターミネーターが未来からやってきます。

1体は10年前と同モデルのT-800・モデル101型、
もう1体は変形自在の液体金属で構成された
最新モデルT-1000型。

2体はそれぞれ共通の目標であるジョンを捜索し、
ほぼ同時に発見します。

襲いかかるT-1000からジョンを救ったのは、
かつてサラを襲ったT-800でした。

T-1000の追撃を振り切った後、
T-800は未来のジョンが過去の自分を護るために
T-800を再プログラムしてこの時代へ送り込んだことを
ジョンに告げます。

ジョン自身、サラの話を信じていませんでしたが、
T-800の出現により真実だったと認めます。

そしてジョンとT-800はサラの救出に向かいます。

サラを保護してT-1000から逃れた一行は、
メキシコ方面へ逃亡。

かつて殺されかけたターミネーターと同型のT-800に
サラは疑念を抱きつつも、
この忠実な殺人機械こそが
ジョンの絶対的な保護者としてふさわしい存在であることを悟ります。

スカイネット誕生に繋がる
コンピュータ素子を開発することになる
サイバーダイン社の技術者マイルズ・ダイソン。

その情報をT-800から知らされたサラは、
戦争を阻止するために、
ダイソンを殺しに単身ダイソン宅に侵入し…。



わたしの家にビデオデッキが来たのが
わたしが12歳のとき、
小学6年生の夏でした。

それからは洋画番組は録画しまくって
何度も何度も観るようになりました。

福岡に転校して、中学高校は
録画だけではなくレンタルビデオ屋
中古のビデオの購入、廉価版のビデオの購入で
ライブラリーはどんどん増え、
両親や兄弟にも、
「また、コレ見てるの?」とよく言われました。

「ターミネーター2」が登場したのはわたしが16歳のとき。
公開から少し時期をずらして上映終了間近だったせいか、
「バックドラフト」との同時上映という
なんとも贅沢な組合せでした。

その半年後にはビデオレンタルが開始し、
新作の棚から旧作になるまえには
レンタル落ちの中古販売の予約が始まりました。
だからこの作品はレンタル落ちの中古VHSが
自分のライブラリーに収まったのです。

それからはもう、ホント何度も何度も観ました。

テレビで吹替え版があったのも録画して
また何度も観ました。
数えるときっと何十回か観ているんでしょう。

その反動で、大学生になってからか
社会人になってからかくらいからは
まったく観なくなってしまった。

飽きてしまったんですね、見過ぎて。

2003年に「ターミネーター3」が公開されたときに
彼女(今の妻)と「予習」と称して「1」「2」を観ました。

だから、それ以来12年ぶりの鑑賞。

なぜ、わたしが観なくなった経緯をダラダラと書いたのか…

実は、この飽き飽きするほど鑑賞しまくった映画を
今回鑑賞し直して、初体験したからです。

実は、この映画で泣いてしまったんです。

これまでこの映画を「面白い」と思ったことはあっても
泣いたことはありませんでした。

知り合いには、ラストのターミネーターが
自ら溶鉱炉に入っていくシーンで「泣けるよね」
と言う人もいますが、わたしは泣いたことはない。

そして、涙が出るほど感情が動いたのは
その有名な溶鉱炉のシーンではありません。

サラがダイソンを殺しにダンソン宅に押し入り
ダイソンを追いまわし銃を突きつけます。
「全部アンタがやったのよ!」
でも撃てない…

このシーンでした。

まだ小さいダイソンの息子が
サラに肩を撃たれて倒れたダイソンの上に
覆いかぶさり「パパを撃たないで」
とかばっています。
ダイソンの妻は夫と息子を心配している。

そんな状況下で興奮して
ダイソンに襲いかかったサラ。

未来の凶事の根源を創り出す人間を今のうちに殺しておけと
とにかく襲いかかる・・・

ターミネーターになっていたのはサラです。
でも、撃てなかった。

この映画が名作になっているのは
このシーンがあるからなんじゃないか…
そう思わせるシーンでした。

10代・20代に何十回も観ていて、泣けなかった映画で
40歳になってから感動できる。

数年前から「ポリス・ストーリー 香港国際警察」
でも泣いてしまうようになりました。

ラストの大乱闘の最中に涙が出るのです。
全身全霊で表現しようとする爆発力に
心が震えてしまう。

飽きるほど観た…いや実際飽きて
観たいとも思えなくなっていた映画で映画で泣ける。

これって、とても幸せな発見だと思います。
昔はただ興奮していただけのシーン、
ただ見過ごしていただけのシーン。

それを数10年後に観た自分が
心震わされている。

明らかに成長している証です。

歳を重ねるということは
感性が衰えるということではありませんね。

感受性…センスというものは
年齢とともに敏感になっていくものなのかもしれません。


                 全ての物語のために











posted by ストーリーセラピスト at 08:25| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。