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2015年07月06日

ノンフィクション「外科医 須磨久善 海堂 尊 著 (講談社文庫)」その2 誰にでも平等に訪れているチャンスに気づくコツ



大切なことなので、最初に言っておきます。
チャンスというのは誰にでも平等に訪れている。

でもそれに気づける人と気づけない人がいて、
気づける人の中にも
チャンスに飛び込める人と飛び込めない人がいて、
飛び込める人の中にも
成功する人と失敗する人がいて、
失敗する人の中にも、成功する人とやめちゃう人がいる。

どんなに優れた人でも、
どんなことでもたやすく成功するなんて人はいません。
だから、このチャンスと成功に関する法則は
誰にとっても簡単なことではないと思います。

一番難しいのはチャンスに気づくこと、
なのかもしれません。

チャンスの気づき方はわたしにも
もちろん明確にはわかりません。

しかし、ただ『直感に従っただけ』
なんて、成功した天才みたいなことではなくて、
なんとなくここにヒントがあるんじゃないか?

という合図っぽいものは感じたことがあります。

正直に言います。
とても繊細で非常に難しいです。

でも、この視点を持っていることと
知らないままでいることを比べると

それこそ、気づける人になれるか
気づけない人で終わるかを分けるくらい
重要なことだと思います。



エンターテインメントの物語とは違って
ノンフィクションというのは、
その中に登場する人の一つ一つのエピソードが
とても示唆に富んでいるように感じます。
それは、そう感じさせる書き手の手腕にもよるのかも。

エンターテインメントの作家としても一流の
現役のお医者さん、海堂 尊さんが書かれた作品

ノンフィクション「外科医 須磨久善」

海堂 尊 著 (講談社文庫)

おもに、通勤の電車の中で読んでいます。

日本に初めてバチスタ手術を持ち込んだ
ということで知られている
世界屈指の心臓外科医・須磨久善さんの物語。

須磨久善さんという人物像を
浮き彫りにさせるために、

バチスタ手術のことはもちろん、
少年時代からの進路決定までの経緯や
須磨さんの人生の転機ごとの
対応の仕方、海堂さんとのやり取りで見せる表情
などを表現力豊かに伝えてくれます。

何かの時に読んだのですが、
海堂さんは小学高学年だか中学生だかでも
わかるような文章を心がけて
普段、小説を書かれているのだとか。

その海堂さんが書いたものですから
医療ノンフィクションといっても
やっぱり読みやすい。

医学のことなんて全く知らないわたしが
すんなり読めるんですから
相当読みやすい本だと思います。

小学生でも読書好きの5-6年生なら
読んじゃうでしょうねホント、というくらいです。



その須磨さん、計ったように5年ごとに
人生の転機を迎え働く場所が変わられています。

まさに必要な時に必要な運がめぐってくる
といった感じ。

もちろん、それは後で過去を振り返るから
そう思えるのであって、
当時は自分が影響を及ぼせる範囲で
一生懸命やっていたという認識しかないでしょうが、
直感に従う判断力があったことは結果が示しているとも
いえるでしょう。


わたしは大きなチャンスを逃したことがあります。
そのことは今思い出しても大変悔やまれる。

でも、逆にチャンスをつかんだこともあります。
そのことは今でも良い思い出だし、
実績につながっています。

何がこの明暗を分けたのか?

「怖い」と思う気持ちに対してどうするか?
というのがその分かれ道でした。

チャンスが来た時って、心の準備ができていない。
なぜ出来ていないかというと非日常だからです。

問題はここです。

まず大事なのは自分が怖いと思ったことを
自覚できるかどうか?

これ、非常に難しいと思います。

何も考えていないと、恐怖回避するために
無意識はチャンスに対して見て見ぬフリをしたり、
見えてはいても
「なんで俺がそんなことしなきゃならんのだ!」
と逆に怒りで自分を守ろうとしたりします。

だから、チャンスだとは気づきようもない。

ここで繊細に自分の心を見つめられる人は
「あれ?俺、ひょっとして怖がってない?ビビッてないか?」

と自分の感情に対して素直さを持てる。

そこでさらに、チャンスとは、
未知のことに挑戦するものだから、
「怖い」と思う気持ちが先に立って当たり前なんだ。

という事実を知っていると、
「あれ?俺、ひょっとして怖がってない?ビビッてないか?」
から
「あれ?怖いってことは、もしかしたらこれ、チャンスじゃない?」

というところに思い至る。

それがチャンスかどうか、成功するかどうかは
もちろんやってみなければわかりません。

だから、確認するにはやってみないとわからない。

そして、やってみても、
無意識はホメオスタシスで元に戻ろうとするので
ちょっとダメだと、「ああやっぱりダメだった」
と諦めさせようとします。

でも、そのメカニズムをわかっていれば
ああ、今の自分の諦めに傾いている気持ちは
ホメオスタシスがさせていることだ
と客観視して、「じゃあも、うちょい踏ん張るか!」
と思えるようになる。

そうやって続けられた人がチャンスをものにする。

…ということですよね。

チャンスは誰にでも平等に訪れている。

でも、恐怖に対して脊髄反射で「怒り」で返すと
チャンスに気づくことはないし、
結果「俺は運がわるい」「アイツは運がいい」
という解釈をするようになり、
チャンスが誰にでも平等に訪れているなんて
あるわけないと思ってしまうんですよね。

チャンスは誰にでも平等に訪れているのに
チャンスは準備ができている人のところにやってくる…
といわれるのはなぜか?

それはこういうメカニズムがあるから
起こることなんですよね。


                  全ての物語のために









posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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