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2015年06月30日

ドラマ「パーソン・オブ・インタレスト サードシーズン #3 レディー・キラー“Lady Killer”」目の前の人の生き生き波動に共鳴できる?



あなた眼が訴えてるよね、まっすぐで眩しい。

社会人になって東京に出て
先輩に連れて行ってもらったスナックで
お姉さんに言われた言葉です。

“映画監督になるんだ!”という思いだけで
東京に出て映像の世界に入り込んだばかりのころ。

今のわたしは夢の形は変わっても、
叶えたいことの本質は変わっていません。


毎朝、通勤の時に福岡の中心街、天神へ向かう
西鉄大牟田線という電車に乗ります。

わたしが乗るホームの向かい側には
ほかのサラリーマンたちも立ち並びます。

しかし反対側、つまり中央とは離れるようにいく
高校生たちがたくさん立っています。

年の頃は16〜18前後の少年少女たち、
中でも一際目まっすぐな眼をした少年がいます。

小学校の低学年くらいまでは
ほとんどの子供たちがまっすぐな眼ですが、
そこから中学・高校と大人に近づくにつれ、
冷めたものの見方を覚えたり、
“ヒマ”とか“かったるい”といった感覚を持つようになります。

そういう時期ですから、
多少、眼に覇気がなかったり、こちら側の
大人たちと同じ雰囲気でも不思議はなのですが、
その少年だけは全く迷いなく、まっすぐな光を放っています。


今のわたしはあの眼の光を失ってはいないか?
いや、失うというより、
眼の光線を伸ばす先がとっちらかって
分散しているのではないか?

彼の眼を見ていると、そんなことを考えてしまいます。



すっかり登場人物たちが好きになってしまった
アメリカのドラマ。
BSフジで毎週放送のころは、半年かけて
ファーストシーズンを観ましたが。
これがまたいや〜なところで最終話が終わり、
しかもセカンドシーズンを続けて放送してくれないものですから、
DVDを揃えて、週に2話ずつ…つまり半分の3ヶ月で
セカンドシーズンを観終えてしまいました。
で、今は…

ドラマ「パーソン・オブ・インタレスト サードシーズン」

第3話「 レディー・キラー“Lady Killer”」
を観ました。

殺人などの凶悪犯罪に関わるであろう人物の
社会保障番号をはじき出す、犯罪予知プログラム。
通称“マシーン”。

今回マシーンが知らせてきた番号の主は、
女たらしのプレイボーイ、イアン・マーフィーです。

リースとフィンチは、イアンの“餌”にするために
カーター、ショウ、ゾーイの3人を、
イアンご用達の出会い系サイトに登録させ、
クラブに送り込みます。

イアンが目を付けたのはカーター。

リースもフィンチも、ストーカー行為を繰り返すイアンを
加害者だと見て、カーターを護衛していました。

しかしカーターにデートを申し込んだイアンは、
加害者でなく被害者であることがわかります。

一方、入院中のルートは、
恐ろしい敵に命を狙われますが、
マシンからの情報で前もってわかっていたようで…。



セカンド・シーズンのラスト2話での急展開。
ルートはマシンとコミュニケーションを
取れるようになってしまいました。

本当によくできたシリーズです。

また、セカンド・シーズンではリースたちが守る
対象者だったショウを味方に引き入れたことも
サードシーズンの新展開になります。

だから今回のカーター、ショウ、ゾーイの
大人の美女勢揃いの回は、
ファンサービスの回のようなものなのかもしれません。

ジョンとフィンチの呼びかけに応じ
セクシーな夜のドレスで集まってきた3人。

もちろん、危険な男をおびき寄せる囮となるわけですから
身を守る準備はしています。

警官であるカーターはハンドバックから
拳銃を取り出します。

面白いのはそれを見ていたショウです。
ショウは元軍人で秘密組織で
秘密工作をしてきた女性です。

性格は好戦的。

カーターが銃を見せると、ショウはそわそわもじもじ、
そしてたまらなくなって
「私のも見て!!」と言わんばかりに
興奮して自分の銃をカーターに差し出します。

まるで秋葉原のアニメオタクが
レアなアニメグッズを自慢しあうような雰囲気で
お互いの銃を見せ合って褒め合うカーターとショウ。

リースとフィンチは呆れています。

ショウはフィンチとリースに誘われて本当によかった(笑)

本当に好きなことを、大好きな道具を使って
人助けという大いに人のためになる仕事としてやれている。

こういう細かい演出をほんの数秒のシーンに
表現できる脚本や演出家、役者たちもまた
自分たちの能力を思う存分発揮できている瞬間じゃないでしょうか?

ストーリーの本筋からすれば
本当にどうでもいいような描写です。

でも、今回の話の中で
もっとも生き生きと輝いていたシーンでした。


電車のホームの向かい側の高校生。
その中で一際まっすぐな眼の光を持っている彼。

わたしの息子も今小学5年生です。

自分の中でいろいろなことを考える年齢になってきました。

悩んでいるときは眼にも迷いがあります。
大人に近づいてきた証拠です。

しかし、好きなことをしているときの眼は
やはり圧倒されるほどまっすぐな瞳です。

“生きている瞬間”ってこういうことだなと思います。

生き生きしている人を見ると、
わたしも心が躍ります。

ショウの演技はとても生き生きしていました。
うらやましくなりました。

自分の中の“生き生きしたい衝動”が
震える感じ。

今この瞬間、生きている人の眼の波動を感じ取ってみて下さい。
その人が全身から発しているオーラを感じ見てください。
その刺激は、自分の中のエネルギーを震わせます。

この活力は、どんなクスリや
ラクをしようとする怠け心より、
ず〜っとず〜っと気持ち良くてクセになる。
健全な幸せ力です。


                   全ての物語のために











posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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