お知らせ 2019年10月1日からこのブログ
「あなたの幸せ力を引き出すストーリーセラピー【ストセラ】」は
https://storytherapy.net/
へ移行します。

こちらのseesaa版は、これまでの記事のアーカイブとして残します。
今後とも、よろしくお願いいたします。

2015年06月09日

ドラマ「ようこそ、わが家へ #8」わたしは妻を本当に愛しているのだろうか?



わたしは妻を本当に愛しているのだろうか?

と、ふと思うことがあります。

あなたは奥さんに、あるは旦那さんに
そんな風に思うことはありますか?

え?ハッキリともう冷めてる?
…聞かなかったことにします(笑)

わたしは夫婦には『愛し続ける努力』
が必要だと思っています。
愛される努力ではありません。
愛する努力です。

理由はたくさんあります。

もともと他人であること。
恋と愛は違うこと。
好きというのは好みの話であって、
その好みは変わっていくものだということ。
価値観も成長とともに変わること。
家族という立場が過剰に求めてしまうこと。
欠点ばかりが見えやすくなること。
男という生き物は若い女性が好きだということ。

ね?こんなにたくさん
愛し続けるための弊害があるのに、
努力をせずに愛し続けられるわけがない。

何の精神的努力もせずに
自分の愛情を放っておくと、
気持ちが冷める原因はいくらでも際限なく出てくるわけですよ。

それを承知で、この人を愛し続けようと誓うのが結婚です。

わたしがふと、妻を本当に愛しているのか?
考えてしまうのは、この努力を継続できているかという
チェックをしているわけです。

わざわざ思うことではないですよ。ふと思う。
それは、神様からのチェックの合図だと思えばいい。
わたしはそう思って、愛し続けています。



WOWOWのドラマWを支えていたといっても過言ではない
原作小説の作者、池井戸潤さん。
TBS日曜劇場の「半沢直樹」の大ヒットで
続々と各社がドラマ化するようになってきました。
今シーズンのドラマが終わると、7月8日からは
日テレで「花咲舞が黙ってない」の第二期がスタートします。

ドラマ「ようこそ、わが家へ」

第8話を観ました。

倉田家では、健太(相葉雅紀)の退院祝いが
始まろうとしていました。
参加者は倉田家全員+神取明日香(沢尻エリカ)。

しかしそこに
刑事の枚方(乃木涼介)と尾村(俵山峻)がやって来ます。

なんと住居侵入と窃盗の容疑で、
珪子(南果歩)を取り調べたいと言うのです。

明日香の機転で、
取り調べは自宅で行われることに。

刑事たちによると、倉田家周辺で
空き巣被害が続いているとのこと。

珪子が通う陶芸教室の仲間たちも
被害に遭っていました。

しかも、その日の朝、狙われた中嶋家には、
珪子の指紋がついたペットボトルと
波戸清治(眞島秀和)からもらったブローチが
落ちていたとのこと。

珪子を疑わざるを得ない状況だと話す刑事に、
明日香は今回に限って珪子が犯人だと言わんばかりの
不自然な証拠の残し方を指摘します。

翌日、健太と明日香は、
珪子が返したというブローチの行方を波戸に確認しました。

車から盗まれたと答える波戸。

その頃、倉田家に珪子の主婦仲間が集まっていました。
中嶋が「返してよ!」と珪子に詰め寄ると、
下村民子(堀内敬子)がかばい、ひとまず帰っていく主婦たち。

健太と明日香は、ある確信をもって行動を起こします。



わたしは、本当に妻に愛されているのだろうか?
ふとそう思うことが…ありません。

愛されると嬉しいけど、
愛しろと強要することはできないし、
妻がわたしを愛そうが嫌おうが、
わたしが愛し続けることに変わりはないから。

わたしがふと思うのは、もう少し異質の疑問です。

妻から見たら、
「愛されているとは感じない」
「夫は自分のことが大切なだけで、
私を愛してなんかいない」
なんて感じるようなことをしていないか?…と。

今回お話の中で、
珪子が波戸は本当に自分のことを好きだったのかな?
そんな感じには思えなかったな?

と振り返るシーンが出てきます。

そりゃそうです。
フラれた腹いせに仕返しをするというのは、
相手のことをが大切なのではなく
自分の感情だけが大切だからそうなるわけですよね。

このシーンを見たとき、珪子のセリフを聞いたとき、
ちょっとドキッとしました。

わたしもかつて、フラれた女子に
腹いせに怒りをぶつけたことがあります。

わたしは、思春期の若気の至りだと思っています。
ああいうみっともない経験をして、
相手を傷つけたり不快な思いをさせたであろうことに反省し
自分で自分のやったことの恥かしさに気づき
自分を成長させてきたつもりです。

でも、心のどこかでまだ心配しているんですね。

自分の中にはまだ、あの幼さが残っていて、
「自分がかわいいだけ」のその部分を見透かされていて、
「じつはこの人は私を愛してなんかいない」
と、妻に思われているんじゃないだろうか?

なんて…

正直、わたし自身はどう思われようが構わない。
傷つくけど構わいと言える覚悟はあります。

しかし、相手が愛されていると感じないというのは、
それはわたしの未熟さなのではないか?

そんな気持ちが心のどこかにある。

どこかまだビビッている部分があるということは
きっとここがわたし自身の
次の成長ポイントなのかもしれません。



           全ての物語のために











posted by ストーリーセラピスト at 07:53| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。