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2015年05月24日

「ダーティーハリー【日本語吹替追加収録版】」辞表を準備しといてください



わたしは常に「辞表」を持っています。

スーツの内ポケットに
二つ折りにした封筒が入っている。

日付だけ書けば、いつでも出せます。

なぜか?

もちろん、いつでも出せるように。
いつでも辞めれるようにです。

それともう一つ。

覚悟のためです。



昔の名作も、今見ると、
テンポが緩くてのんびりしているなあと感じます。
それだけ今の娯楽映画には情報量が詰まっている。
でも、物理的な情報量とは別の何かが
感受性を刺激してくる。
昔の名作には作品そのものに“カリスマ性”を
感じるものがありますよね。

「ダーティハリー」

を観ました。

舞台はサンフランシスコ。

ビルの屋上プールで泳ぐ女性が
何者かに狙撃されるという事件が発生します。

捜査にあたるのは、
ハリー・キャラハン刑事(クリント・イーストウッド)。

いつも汚い仕事をまかされることから
“ダーティハリー”というあだ名をつけられています。

“さそり”と名乗る犯人から
「十万ドルを渡さなければ市民を殺し続ける」という
メッセージが届きます。

予告通り、次々に無差別殺人を繰り返す“さそり”。

ハリーと新しい相棒のチコ・ゴンザレスは
犯人の正体にどんどん迫っていくのですが…。



CS放送の「ザ・シネマ」で
今月一挙放送されたシリーズ全5作のうちの
記念すべき第一作です。

今回放送されたのは日本語吹替版。

クリント・イーストウッドといえば
山田康雄さんですが、
「ダーティハリー」はテレビ放送版しか
吹替がそんざいしません。

テレビ放送版は映画本編が一部カットされます。
だから放送時にカットされた部分には
吹替が存在しない。

最近DVDなどではテレビ版吹替をつかい
吹替が存在しない箇所だけ字幕が出るものがありますね。

しかし、今回放送された「ダーティハリー」シリーズは、
2012年にWOWOWが完成させた
“吹替え追加収録版”です。

故・山田康雄さんの代役を務めたのが
多田野曜平さん。

山田康雄さんと同じ劇団のいわば後輩にあたる人で、
声の質がソックリなんですね。

もしかしたら「ルパン三世」も
栗田貫一さんより上手にやっちゃったりして…

と思うくらい。

そうやって完成させた、
熱い熱いノーカット吹替え完全版の
「ダーティハリー」シリーズの一挙放送だったわけです。

わたしはWOWOWでは見れなかったので、
今回のザ・シネマでの放送を知り、
先輩にお願いして録画していただきました。

やはり、ダーティーハリーはこの声じゃなきゃ!!

始めてみるノーカット版吹替に震えました。


明らかに極悪人とわかっている人間が、
確実な証拠が無く、法律に守られて、
街を普通に歩いていられる。

警察は公務員。法律の下で働く者ですから、
法律上手が出せないのなら従うしかありません。

そんなジレンマをエンターテインメントで
分かりやすく描いた作品です。

その後の世界のアクション映画や
刑事ドラマにも影響を大きく与えました。

近年の日本の作品なら
「踊る大捜査線」も、このジレンマによる葛藤が生みだす
緊張感を非常に上手く使っていますよね。

しかしこれはアクション映画や刑事ドラマに
限った話ではありません。

「半沢直樹」など池井戸潤さんの原作作品に
代表されるような、サラリーマンモノにも
多く転用されています。

「踊る大捜査線」はどちらかというと刑事ドラマ
というよりサラリーマンモノといったほうがいいくらい
でしたね。

法律が社会や会社の常識であったり
上司の命令に変わっているだけで
主人公が持つ葛藤は同じです。

何が正しいのかはは分かっている。
正しいことをしたいのに、しがらみがあってできない。

わたしたちが日ごろ働いている現場でも
よく起こっていることだから
一般の観客が感情移入する。

そのジレンマを主人公が思いっきり
ぶち壊してくれるから、
わたしたちはエンターテインメントの世界で
スカッとさせてもらえる。

「ダーティハリー」はまさにそんな作品の代表です。

ラストでハリーは警察バッジを
池に投げ捨てます。

それくらいの覚悟で命令に背いたということです。

わたしが常に辞表を持ち歩いているのは、
ちゃんと仕事ををしようと思っているからです。

仕事と作業の違いを忘れるなと
自分に言い聞かせるためでもあるのです。

ただ命令通り、指示された通りに
こなすだけならそれは仕事とは言えない
単なる作業です。

組織で大きなサービスを提供しているわけですから
もちろん、勝手な行動をとると
お客さまに迷惑がかかる。

それを考えて、我慢しなければならないことや
自分の主義主張に合わなくても
従わなければならないことも多いです。

でも、どうしてもそれは間違っている!
という、絶対に譲れない局面…

例えば、明らかにお客さまのためではなく
会社の目先の利益のためにわざとお客を騙す…
みたいないわいる明らかな犯罪行為などですね。

そういうことを会社から強要されたとしたら?

そこで魂を殺してまで会社命令に従うのなら
それはもう、「仕事」ではない「作業」ですらない。
「自分」ですらない。

それは魂の抜け殻です。

わたしはちゃんと「仕事」をする。

その覚悟を忘れないために辞表を
いつでも出せるように、
常に内ポケットに入れているわけです。

              全ての物語のために











posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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