お知らせ 2019年10月1日からこのブログ
「あなたの幸せ力を引き出すストーリーセラピー【ストセラ】」は
https://storytherapy.net/
へ移行します。

こちらのseesaa版は、これまでの記事のアーカイブとして残します。
今後とも、よろしくお願いいたします。

2015年05月15日

「LIFE!/ライフ」その2 精神的に自立した人と自分を比べてみる



ストーリーセラピーが軸に据えているのは
「幸せ力」です。

あなたがあなた自身の中から
幸せになる力、「幸せ力」を
引き出すためのお手伝い。

そのために、物語…特に
エンターテインメント性の高い
フィクションを題材にして
いろいろな「視点」のキッカケを投げかけています。

毎回、だれかひとりでも
「なるほど、そういう見方もあるか」
と思っていただければ
やっている甲斐があります。

で、何度も書いていますが、
その「幸せ力」の軸にわたしが据えているモノは何か?

それは自立です。

特に精神的な自立。

特に、現代日本人の精神的な自立度の
平均値を偏差値みたいに数値化できるとしたら
残念ながら世界では“子ども”だと思っています。
(あくまで平均値は、ということです)

グローバル化なんて言っても島国です。

異文化が陸続きで存在しているところに
住んでいるような人たちから比べると
わたしたちが「子ども」なのは仕方がない。

でもグローバル化はいやおうなく進んでいくわけです。

であれば、わたしたちは
できるだけ早く世界標準の自立的な精神を
持ちたいですよね。

日本はもともと精神文化のレベルは高い国です。

ただ島国だから世間知らず
(世界知らず)な部分が多いだけ。

日本人が本来持っている文化を
改めて大切にしつつ成長していければ、
世界の流れの中で、大きな役割を果たせる
国になれるんじゃないかと思っています。


それに個人の幸せを考えるとき、
自立していない精神だと
どうしても壁にぶち当たります。

自立していないということは依存している、
あるいは依存している部分がある、
という状態です。

「〜が〜してくれない!」

こう思うことが依存の状態です。

夫が話を聞いてくれない。
妻がそっとしておいてくれない。
子どもが言うことをきいてくれない。
親が…部下が…上司が…友達が…会社が…

そういった悩みから解放されれば
幸せを感じられることって多いですよね?

この「〜が〜してくれない!」
と感じてしまう依存状態を抜け出し
自立した人たちとは一体どんな人なのでしょうか?

前々回紹介した映画

「LIFE!/ライフ」

この登場人物たちの関係性が
ある程度自立できている人たちの関係性のモデル
として、とても良かったので、
今回はそこにスポットを当てたいと思います。

主人公ウォルター・ミティは、
「LIFE」誌のネガ管理部の責任者です。

地味な仕事。彼自身、17歳で父が亡くなってから、
母や妹のためにすぐに働きだし、
とにかく平凡な生活優先の人生を送っていました。

しかし、
「世界を見よう、危険でも立ち向かおう。
それが人生の目的だから」
というLIFE誌のスローガンには共感し、
ネガ管理の仕事には誇りを持って
取り組んできました。

「LIFE」誌を代表するフォト・ジャーナリストであり、
冒険家でもあるショーン・オコンネルからは
一度も会ったことが無いにも関わらず、
絶大な信頼を寄せられているほど。

しかし、想いを寄せている同僚の
シェリル・メルホフには、声をかけられずにいました。

それというのも、シェリルが登録している
パートナー探しのウェブサイト『eHarmony』の
プロフィールを見ると、好きな男性のタイプが
ウォルターとはまるで正反対。
冒険心旺盛な男性が好きなのです。

ウォルターも『eHarmony』には登録していますが
完全にシェリル目当て。

意を決して、興味ありの合図をサイト上で
送ろうとしますがエラーが出て送れません。

そこで『eHarmony』の顧客サービスに電話をかけます。
責任者でロサンゼルス在住のトッド・マハールが
対応することとなり、メッセージが送れないのは
ウォルターのプロフィールがほぼ白紙だからとのこと…。

トッドは積極的に、人気が上がりそうな
プロフィール作成に協力しようとしますが、
「LIFE」誌の最終号の表紙に使うはずの
ショーン・オコンネルから送られたネガが見当たらないことで、
ウォルターはそれどころではなくなります。



さて、今回は、自立した人間関係に
的を絞って登場人物を紹介しながらの
ストーリー紹介となりました。
(前々回のあらずじとはイメージが変わったのでは?)

ここに登場したキャラクターと
ウォルターとの関係性、対話のやり取りが
実に自立した大人同士の爽やかなやりとりなのです。

それを一番象徴していたのは
ウォルターとショーン・オコンネルのやり取りでした。
ショーンがプレゼントした財布を
ウォルターが捨ててしまったということを
ショーンに伝える会話のシーンがあります。

その前にウォルターからショーンに
苦言を言いますが、ショーンをそれに素直に謝ります。
そのあと、せっかくプレゼントしたモノを
捨てられたと聞かされるのです。

普通ならガッカリして怒りそうなものですが
ショーンは、素直に寂しそうな表情を見せ
「そうか、それは残念だな」とだけ言います。
それ以上責めたりはしません。

ウォルターも苦言を言うときは
「それはないだろう」とハッキリ言いますが、
ショーンが謝ったら終わり、
それ以上責めません。

その後2人は、違うモノに話題を映し、
“今ここ”に生きるということを体現して
一緒にサッカーを楽しみます。

ある意味、一つの謎が解けるシーンで
作品の中で非常に大切なクライマックスの一つなのですが
2人とも感情は若干の起伏があるだけで
穏やかなのです。

このシーンは映画のカギでもあるので
これ以上詳しくは説明しませんが、
ストーリーの流れの中で、
あなたなら相手に対してどんな態度を取るか…?

是非、想定できる自分の場合と比べながら観て欲しいのです。

もし、彼らのようなやり取りが出来ない。
もっと文句を言ってやりたくなる!
と思うなら、まだウォルターやショーンほど
精神的に自立出来ていないということです。

同じように、ウォルターにちょくちょく電話をかけてくる
トッドとウォルターのとても良いシーンが出てきます。
そこもとても爽やかです。

そして、恋のお相手シェリルとの関係も。

とても素敵に自立した人たちの爽やかで
素敵な関係性。

自分の精神状態が自立していると
自立した者同士ならこんなに素敵な関係を築けるんだな
という、とてもとても素敵なお手本になっています。

この映画を、「きっとベタな展開なんだろうな」
とバカにしていた自分が恥ずかしくなるくらい、
素敵な映画でした。


                全ての物語のために









posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック