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2015年04月20日

ドラマ「ようこそ、わが家へ #1」ズルい人への対処法



ズルい人っていますよね。
正義感が強い人はズルい人が嫌いです。

わたしもズルい人は嫌いです。

常にエラそうにして、優位な立場を取りたがりながら
責任は取りたがらない。

部下の手柄は自分の手柄にして、
責任は部下に押し付ける。

たった4行書いただけで、
「いるいる」とたくさんの人が思っているのですから
どこにでもいるんですよね。

なぜでしょう?

そもそも、わたしたち人間が持っている
生存本能と直結しているんだと思います、ズルさって。

なぜそう思うのか?

ひとつは、わたしも大いにズルいことを考えることがあるから。

もうひとつは、子どもをみているとわかります。
子どもは、物心つくかつかないかのころから
純粋にズルさをストレートに出してきます。

わたしたちは、成長過程で
自分がされて嫌なことは人にもしちゃいけないとか
カッコイイってどうこと?とか…

道徳や美学を身につけて、
自分の中に湧き上がるズルさを「良くないもの」として
戒めて生きられるようになります。



TBSの2013年の大ヒットドラマ「半沢直樹」で
それまでに知らなかった人にまで知られた
元銀行マン作家、池井戸 潤さん。
池井戸さん作品のドラマ化で最初に話題を呼んだのは
WOWOW制作の「空飛ぶタイヤ」でした。
昨年は織田裕二×池井戸潤×WOWOWで
「株価暴落」を制作し、こちらも見ごたえのある熱い作品になっていました。
その池井戸作品を、今度はフジテレビがドラマしています。
それも月9。どのように描かれるのか、興味がわきます。

ドラマ「ようこそ、わが家へ」

第1話を観ました。

倉田健太(相葉雅紀)は、
個人事務所を構えデザイナーをしています。

小心者の彼はその仕事も無難なためか
仕事もなかなか上手く行っていない様子。

普段なら余計な問題には首を突っ込まない事なかれ主義。
しかしその日、そんな自分へのイライラが募っていたのか、
駅で列車を待つ乗客の列に並んでいるとき、
割り込んで女性を突き飛ばした男の腕を引っばり、
注意をしてしまいます。

周囲の乗客たちも健太に呼応するように
その男を責めます。

その時、男が落としたタバコを拾い上げて渡し、
引き下がるように促した若い女性がいました。

その後、健太は電車とバスを乗り継いで帰宅するのですが、
途中でさっきの割り込み男がバスに乗り込んできます。

恐怖心が膨らんで来た健太。

自宅より手前のバス停で飛び降りますが、
割り込み男は走って追いかけてきます。

何とか男をまいて帰宅した健太。

父の太一(寺尾聰)、母の珪子(南果歩)、
妹の七菜(有村架純)に駅で男を注意したことを話すと
太一からは余計なことに首を突っ込むなと注意されてしまいます。

翌朝、珪子が大切にしている花壇が荒らされているのに気づく倉田家。

一体誰が…。

健太は例の割り込み男の仕業だと思いますが、
倉田家がストーカー被害を受ける可能性は
本当にそれだけなのか…!?



健太の父、太一もまた、事なかれ主義。
面倒事には首を突っ込みません。

しかし、職場で交通費の二重取りが発覚し、
とくに太一のような銀行からの出向者を毛嫌いしている
営業部長(竹中直人)に詰め寄り、
社長に報告をするという真っ直ぐなところもありました。

しかし、営業部長が手を回し、
この件は、事実ではなく太一の確認漏れということで
社内で処理されてしまいます。

そこで、太一部下の女性が切れるシーンが描かれました。

そういうズルさを心の底から憎悪している様子の彼女…。
何か理由がありそうです。


池井戸さんでストーカーものか…と思っていたら、
しっかりと銀行マンの視点は組み込まれている。

そして不正や組織やそれを正したい思いも
他の作品同様、しっかりと内包されているんですね。

(今年は「花咲舞が黙ってない!」も再ドラマ化されるようです)


正直、わたしもズルい人を見るとカチンときます。

自分の中にズルさが湧き上がることはあっても、
そのズルさと向き合い、ほとんどの場合は
その気持ちに負けずに正直であろうとします。
(全部じゃないけど・笑)

それなのにアイツは!


そう、怒りのポイントって、
冷静に見るとここなんですよね。

自分はガマンしているのにアイツは…!
わかりやすい理由はコレ。

他にも、自分がガマンしているしていないに関係なく、
他者の醜いところを見て嫌悪感を抱くのは、
自分の中にある醜い部分への嫌悪感だという見方もあります。

大体、その2つの理由で、
人のズルさを許せないと思ってしまう。

許せない。

デキた人のアドバイスを聞くと、
「許しなさい」と言われます。

確かに、怒りや恨みを持ったまま幸せにはなれないから
許したほうが勝ちなのですが、
この許すというのがまた難しい。

だから、わたしは「いつか許せる」自分を信じて、
「今は勝手にやってろって思っとこ」と思っています。

それともう一つ、自分に対して
「あんなズルいことをやっちゃダメ!!」
という思いの強さに比例して、
ズルい人を見たときに怒りが増してきます。

つまり、その怒りは自分次第なのですから、
わたしは自分にこう言います。
「お前もやったって良いんだよ」
つまり、相手ではなく自分を許すんですね。

するとどうなるか?

「嫌、やらない。だってそんな自分、嫌いだもん」

と、自分の中から声が聞こえてきます。
つまり、ガマンではなく意志であることが
自分で確認できる。

そしたら、自分で選んでいる行動ですから
他者は関係ない問題だなと思えて、
もう、ズルい人のことなんて眼中から消えています。

「〜であってはならない!」「〜であるべき!」
という頑なさをいったん手放すというのは、
主義や主張を曲げろということではないということが
よくわかります。

ぎゅ〜っと力まずに、
自然体で自分らしさとして選択し直せるだけで、
見える世界は全然違って見えますよ。

いったんリラックスしましょっ♪



               全ての物語のために











posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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