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2015年04月10日

アニメ「寄生獣 セイの格率 #24 寄生獣」大きな視野で小さく生きる幸せ



10代、20代のころ、
いろいろなことを考えます。

いろいろな知識が入ってきて、
経験の幅が、子供時代とは違って
社会にまで伸びていき、
自分を守りながら大きな変化に順応していく…。

その過程では、「どいつもこいつもバカばかり」
なんて、理論武装して、自分だけが
高い視点からものを見ている気になって、
人を見下してみたりすることもあるかもしれません。

それでも、大きな社会の中では
自分にできることなんてちっぽけだなと
挫折を味わい、
そのまま自分自身をちっぽけな存在だと
結論付けてしまう人もいる。

どっちも正しいけどどっちも間違っている。

答えはまだまだその先にあるわけですよね。

高い視点も必要だし、
地球規模・宇宙規模で考えたら
本当に小さな点でしかない存在であることも知り、
それを肯定的に受け入れて
前向きに一歩一歩を積み重ねていく。

大きな視点で見たとき、
わたしたちは小さく生きているようですが、
結局その積み重ねが環境破壊につながるほどの
影響力を持っているわけですから、
逆もまた可能なはず。

一人ひとりは地球規模で対比すると小さくても、
人間はやっぱりほかの生物とは異質だなと思います。



とても哲学的な問いかけから始まり、
哲学的なひとまずの解を出して、
話題の作品が終わりました。
次は実写版後編の公開ですかね?

アニメ「寄生獣 セイの格率」

第24話、「寄生獣」
を観ました。

後藤との決着がついた後、
世間ではパラサイトの事件が目立たなくなっていました。

人間社会に順応し始めたパラサイトや、
巧妙に裏で人間を食料にしているパラサイトなども
きっといるのでしょう。

しかし、人間が起こす事件のほうが目立つこともあり
パラサイトは表沙汰にはなりません。

ひとまず平穏な生活が訪れた新一。
眠っていると夢の中にミギーが表れて、
一方的に別れを告げます。
表に出ることをやめるというのです。
新一にとってはただの右手に戻ると…。

目が覚めて一時落ち込みますが、
時がたち新一は通常の生活を取り戻すべく
受験勉強に励みます。

里美たちは一足先に大学生になったようです。

しかしまたしても、その平穏を脅かすヤツ・浦上が
新一と里美の前に現れるのでした。



最後の敵は人間です。

生きるために人間を食料としていたパラサイトは、
人間と同じ食事をとりながら生きていけることを知り
目立った事件を起こさなくなりました。

しかし、浦上は人間。
人間をオモチャのように考え殺害することを楽しむ殺人鬼です。

浦上は里美を人質にとり、
パラサイトと人間の中間にいる新一に
自分のことをどう思うか言えと迫ります。


この最終回で、新一は一つの答えにたどり着きました。

『他の生き物の気持ちを分かった気になるのは、人間のうぬぼれだと思う。
他の生き物は誰一人、人間の友達じゃないのかもしれない。
でも、尊敬すべき同居人には違いない。
他の生き物を守るのは、寂しいからだ。
環境を守るのは、滅びたくないから。
人間の心には人間の満足があるだけなんだ。』


視点が地球規模になっています。
でも、地球規模の視点で物事をみる人間(自分)を
客観視して、それすら人間のうぬぼれ、
自分たちのためだと言っていますね。

『アイツら(パラサイト)は狭い意味じゃ敵だったけど、
広い意味じゃ仲間だったんだよな』

『俺達は、皆ここで生まれて、
ほんのちっぽけな点での理解を繰り返し、積み重ねていく。
何かに寄り添い、命が終わるまで』

こんな風に、大きな視点で見たときに
自分の小ささに気づくこと。
そして、それを受け入れ、
今できることを淡々と積み重ねていく。

ほんのちっぽけな点での理解を繰り返す…

どんなに頑張ったって、
宇宙のすべてを理解できるわけじゃない。

でも…

点での理解を繰り返し、積み重ねていく…

今よりも少しずつ、成長していく。
小さな自分にも、できる限りのことはやっていく。

視野を大きく持つだけで、自惚れて
人を見下す人がいますが、
その視点だけでは傲慢ですよね。

本当に広い視野を持てれば、自分の小ささにも気づくはず。
寄り添う相手の温もりがわかるはずなんですよね。

ミギーは好奇心旺盛で様々なことを学び
考えてきた『哲学パラサイト』です。

里美を助けられなかったと思って落ち込む新一に
ミギーが答えるシーンがありました。

『道で出会って知り合いになった動物が、
ふと見ると死んでいた…
そんな時、なぜ悲しくなるんだろう』
『それは、人間がそれだけ暇な動物だからだ。
だがな、それこそが人間の最大の取り柄なんだ。
心にヒマのある生物、なんと素晴らしい!』

哲学者ならぬ哲学パラサイトは
結局、人間賛歌の結論にたどり着いていました。

大きな視野で物事を見れるなんて、
それこそヒマな人間にしかできないことです。
そのヒマ=心の余裕を確保している人間。

そういえば「クレヨンしんちゃん」の映画でも
宇宙規模で幸せを語った作品がありました。
その幸せパワーの名前がまさに「おヒマ」でした。
(参照記事:「映画クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ!オラと宇宙のプリンセス」おヒマはほっこり幸せ力

やれることは小さいかもしれないけど
大きな視点を持てるほどの心のヒマを持ってるんだから
人間としてやれることを積み重ねていく。
それが人間なんでしょうね。




                   全ての物語のために











posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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