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2015年04月06日

アニメ「寄生獣 セイの格率 #18 人間以上」引き受けたものの大きさで幸せの大きさも決まる



あなたは親になることが怖いですか?
あなたが親になるとき怖かったですか?
それとも嬉しかった?

クリント・イーストウッド監督、アンジェリーナ・ジョリー主演の
実話をもとにした名作、「チェンジリング」

この中で、父のいない息子が、
母親にその理由をたずねるシーンが出てきます。

母が一人息子と、迎えに行った学校から帰りながら会話をしています。

「ビリーと喧嘩した」
「なぜ?」
「ぶたれたの」
「ぶち返した?」
 
息子はうなずきます。

「偉いわ。“喧嘩を売るな。最後にケリをつけろ”なぜ、ぶったの?」
「僕がぶったから」
「あなたが先に?なぜ?」
「パパは僕が嫌いで、出て行ったって」
「パパに会っていないのよ。嫌われる訳ないわ」
「じゃ、なぜ出て行ったの?」
「あなたが生まれた日、“ある物”が届いたの。小さな箱よ。
中身は何だと思う?“責任”というものよ。
世の中には、何よりも“責任”を恐れる人たちがいるの」
「じゃ、パパは箱の中身が怖くて逃げ出したの?バカみたい」
「私もそう思うわ」



福岡では3週ほど遅れて放送していましたが、
それもいよいよ最終回を迎えます。
「弱虫ペダル」も終わって、
かなり寂しい感じになっちゃう深夜のアニメ…
とても印象深いエピソード

アニメ「寄生獣 セイの格率」

第18話、「人間以上」
を観ました。

田村に指定された通り、待ち合わせの公園に行くと
そこには赤ちゃんを抱いた田村がいました。

その姿は、新一にとっては
許しがたい光景として映っていました。

そして、探偵の倉森殺害の容疑者として
田村を追って駆け付けた警官隊に、
新一も田村も包囲されます。

人間にとって自分たちパラサイトとは何なのか?
パラサイトにとって人間とはいったい何なのか。
純粋に疑問を持ち、その答えを求めてきた田村は、
警官隊の銃撃に反撃することなく、
一歩一歩と新一に近づきます…。



田村が新一に頼みたかったこと、
それは、わが子を託すことでした。

警官隊にパラサイトだとバレ、
銃弾の集中砲火を浴びながらも、
一切反撃せず、
赤ん坊を守りながら一歩一歩と新一に近づく田村。

直前に探偵をいとも簡単に殺している田村。
パラサイトはパラサイトです。
人間を殺すことは何とも思っていない。
でも、そのパラサイトも母性に目覚めた。
田村自身が驚いていました。

田村が新一に語る言葉には、
“慈しみ”すら感じられます。

パラサイトのことをあまりいじめないでやってくれ
とまで言います。


人間も虫を殺したり、食料として動物を殺して食べます。

パラサイトにとっては人間は食料です。
しかも、この物語は暗に、増えすぎた人口を
地球のために調整するために
何者かがパラサイトを生み出したのかも…
というテーマを表現しています。

それが本当だとしたら、
パラサイトにとっての人間は、
食料でもあり害虫でもある。

そのパラサイトが、食料であり害虫でもあるはずの
人間の子供を産み、母性でその命を包み込む…。
慈しみの心を持って…

この「寄生獣」という作品の鍵になる
大切なシーンの一つです。


人間は食料として動物を殺す。
自分たちに都合の悪い昆虫を“害虫”と決め
殲滅しようとする。

その行為を地球規模の視点で考えさせられる物語…

なのに、わたしたち人間は、
生まれてきたわが子を公園の便所に捨てたり
生後数か月のわが子が泣き止まないからと
頭を殴り骨折させたり
ロッカーや赤ちゃんポストに置き去りにしたり
子どもが生まれたことによって、
怖くなって家を出て行ったり…

もっとも残酷なのが人間といわれても仕方がありませんよね。

妻が妊娠中。超音波写真に写っている息子を観ながら、
いっちょまえに自分の意見を言うようになった彼と
会話をしている未来を想像してワクワクしていました。

今はもう10歳なので、その夢の真っただ中にいます。

そんなわたしも、妊娠中からどんどん“母親”になっていく
妻の成長のスピードについていけずに、
父親になる責任という壁に気後れを感じたこともあります。

それでも、やっぱりわかりません。

子どもを放置したり暴力を振るうことで
親の責任から逃げる大人の気持ちが…。

大人面して生きるなよというのが
そういう人たちに言いたい本音です。

「○○妻」の主人公、ひかりのように、
わが子を放置して死なせてしまって、
後悔の中で生きている人もいるでしょう。

後悔の中で生きているということは、
その罪と向き合っているということです。
そういう人は罪は消えないけど成長できると思います。

問題は、いつまでも逃げている人です。

これはもう真理ですが、
逃げている限り絶対に幸せにはなれません。

幸せの大きさは、
引き受けた責任の大きさに比例します。

本当に幸せになる気があるのなら
「どうせ俺は…」「どうせ私は…」と言って
いつまでも逃げるのはやめて、
自分の生という責任をまっとうしましょう。



                  全ての物語のために


















posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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