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2015年03月06日

ドラマ「デート〜恋とはどんなものかしら〜 #7」恋という扉は過酷なサバイバルへの入り口!?



恋をすること、愛し合うこと…。

わたしたちはそれを当たり前に欲しています。

本能ですね。

ところが、結婚して家族ができて、
ずっと一緒にいるのが当たり前になると、
お互いへの不満にばかり目が行って、
基本を忘れてしまうことがあります。

基本とは、相手の人生を信じて、
あるがままを受け入れるということ。

受け入れるというのは、
同調するとか同感・同意するということではあません。

自分とは違っているということを認めるということです。

親しき仲にも礼儀ありで、他人同士ならできる事が、
家族という距離になった時に難しくなる。

しかし、その距離でできるようになるために、
あえてその困難により、人間としてより成長するために
わたしたちは家族を形成するのではないでしょうか?

それでも、家族はまだまだ愛の最小単位ですけどね。



息子が習い事の日で、
わたしが家に帰ると夕食が準備されていました。
1人で食事を温めてリビングに運びテレビをつけました。
心霊現象を映した怖い映像ばかりが紹介される
バラエティ番組…
「ヤバイ…トイレに行けなくなっちゃう…」
慌てて明るくなれるものがないか探して録画リストを出しました。
あった!コレだ!
快調なテンポで進んでいるフジテレビの月9。

ドラマ「デート〜恋とはどんなものかしら〜」

第7話を観ました。

藪下依子(杏)と谷口巧(長谷川博己)は、
「結婚契約書」の作成を急ピッチで進めていました。

巧の母・留美(風吹ジュン)が体調を崩し入院、
手術することになったからです。

最近、貧血と体重の減少があると言う留美。
それを聞いた依子が病院をリサーチして紹介、
早速検査を受けた留美は、
胃潰瘍と診断され手術が行われることになったのです。

結果を聞いた巧と、
島田宗太郎(松尾諭)・佳織(国仲涼子)兄妹は一安心しますが、
依子は、母・小夜子(和久井映見)が
胃がんで亡くなった当時のことを思い出して不安を抱きました。

父・俊雄(松重豊)に当時の小夜子の症状を尋ねる依子。

深夜、巧がリビングに降りてくると、
留美が読んでいた書類を引き出しに片づけて寝室へ去ります。

書類を取り出して見ると、家や土地の権利書でした。

さらに、佳織や宗太郎も、
留美が身辺整理らしいことをしている様子を察知します。

小夜子のことで後悔していた依子は、
同じ過ちを繰り返さないために、
生きているうちに自分たちが出来ることを速やかに実行しましょうと
巧たちに呼びかけたのです。

依子にとってはそれが、
巧との結婚が同意に至ったという報告を留美にすることでした。

しかし、その裏で宗太郎は、鷲尾豊(中島裕翔)に、
依子と巧が結婚を合意するタイムリミットが迫っていることを伝え、
ハッパをかけていました。

そんな騒動の中、谷口家で
「結婚契約書」の作成に取り組んでいた依子は、
なにやら整理をしている留美が手にしていた写真に目をとめます。

そこには巧の父親である男性の姿が…。
そして留美の口から、巧の父は生きているという事実を聞いた依子は
巧に猛然と詰め寄るのですが…。



巧の父は教育評論家でした。
ところが巧が就職を断念し、
ニート=高等遊民として生きることを選んだことで、
父の立場がなくなり家を出てしまいました。

教育評論家が自分の息子をニートにしてしまった…

こう書くと、確かに一般的には“矛盾”と
受け取られるのかもしれません。

でも、わたしはそうは思いません。

それは世間が押し付ける価値観であるだけです。

誰の人生にもさまざまなことが起こる。
教育評論家であればこそ、
わが子の人生を信じてあげればいい。

息子がニートになることが世間的に観たら
ショッキングなことだというなら、
むしろ教育評論家としてはチャンスです。

親の在り方を見せるいい機会でもある。

巧の父は、当時それは出来ませんでした。
でも、今、留美への愛を示すことで、
その場にいた全員に影響を与えました。

巧はもちろん、佳織や宗太郎にも、
…そして、依子にも。

結婚という制度は契約です。

でも、その前に愛の存在ありきです。
愛というのはどういうものか?

「これが愛だ!」とはなかなか言えないモノ…
なのかもしれません。

でも、わが子が生まれると本当の愛を知る人は多い。

学びの順番で言えば、わが子への愛を知ってから
他人を愛する夫婦の愛を考えることができればわかりやすい。

例え、わが子が自分を愛さなくなっても、
親であればわが子を愛し続けます。

結婚相手への愛も、本来はそういうものです。

それに気づくのが、結婚後というのがまた、
「神様、なかなか策士ですな〜」
と言いたくなります。

結婚するときの誓い、契り、そこへの覚悟の強さ…
恋とは愛という宇宙への入り口です。

愛の世界に入ると、浮かれ気分だけでは生きていけません。
大宇宙、大自然の中でのサバイバルです。

でも、その大自然の中で
北極星のように輝いている道しるべがある。

男女の愛とか親子の愛とか兄弟愛とか…
いろいろな愛があるけど、その本質は同じだということ。

「愛してくれるから愛します」という愛はない。

自分が愛するかどうかだけです。



                  全ての物語のために

古沢良太 脚本作品

















posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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