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2015年02月03日

ドラマ「問題のあるレストラン #3 開店! 問題のあるレストラン」命がけのもう一つの意味



わたしはつくづく平和な環境で育ててもらったんだと、
両親や祖父母、親戚たち、そして
幼少のころからこれまでに出会ってくれた
友人たちや全ての環境に感謝しています。

わたしの30代はあと5ヶ月で終わります。

この10年で、わたしは
「本気」ってなんだろうと考えて、
「必死」と「本気」の違いに気づきました。

「必死」は追い込まれればだれでもなれるもの、
でも「本気」は追い込まれなくてもなれないと
本気とは言えない。

最初にたどり着いたのは「本気」=「行動」
という公式。

有言実行も不言実行もどっちだっていい。
つべこべ言わずにやる。

それが「本気」ということ。

でも、すぐに次の疑問が生まれました。

やりさえすれば本気なのか?
それで本気は完成するのか?
だったら…

「宝くじが当たったら、こんな仕事やめちまうのに〜
かったり〜な〜、今日も仕事めんど〜だな〜」

と思いながらやっている仕事も
本気で取り組んでいると言えるのか?

もちろん、やってない人よりはやってる人の方が本気。

思いめぐらせて、わかってきたのが、
本気にも質があるということ。
そしてそれは上限がない。

例えばホテルのベッドメイキング。
適当にやるのと、宿泊客の寝心地を考えてやるのと、
更には、部屋に入った瞬間になんとなく視野に入る
部屋の要素の一部としてのベッドの状態が
人の潜在意識にどう影響を与えるか…までを
イメージしてベッドメイキングをやるのと…。

突き詰めようと思えばどこまでも行ける。

必死より本気…

でも、気づきました。
そんなことを考えていられること自体が平和だったんだ。

でも、世の中には…世の中といっても
飢餓で苦しむ途上の遠い異国の話ではなく
この日本に…もしかしたら自分が住んでいる街に、
必死も本気も全部詰め込んで、
そんなことを考える暇もなく
「命がけ」で生きている人たちがいるのかもしれない…

しかも、「命がけ」という言葉から想像しがちな視点とは
全く違う視点で、命がけの本気を必死で生きている人が…



毎回、骨太のエンターテインメントを見せてくれる
坂元裕二さん脚本の最新作

ドラマ「問題のあるレストラン」

第3話、「開店! 問題のあるレストラン」
を観ました。

たま子(真木よう子)たちは、
ビストロ『フー』オープンに向けて準備を続けていました。

そんなある夜、シェフを務める千佳(松岡茉優)が、
荷物をまとめてたま子たちのもとから出ていこうとします。

理由を問われ、料理をするのが嫌だ、面倒くさい、
何もかも…地球すら面倒臭い!

と答える千佳。

そんな千佳にたま子は、
もう遅いし、出ていくにしてもひと晩考えてからにしよう、
とさとして、千佳のために用意していたコックコートを手渡します。

引き留めているわけじゃないよ、千佳の料理の腕は宝物だから、
出ていくにしても、このコックコートはその宝物への贈り物だ…
そう千佳に告げて渡したのでした。

翌朝、たま子が千佳の部屋のドアを開けると、
もう、そこに彼女の姿はありませんでした。
メチャクチャに切り裂かれたコックコートだけが散らばっていました。

様子を見にやってきた結実(二階堂ふみ)や
ハイジ(安田顕)たちに、
「千佳が戻ってきたいと思える店にしよう」と言って微笑むたま子。

たま子は、結実、鏡子(臼田あさ美)、ハイジとともに、
魚の卸売市場を訪れます。

が、その競りの場にはライバル店『シンフォニック表参道』の
門司(東出昌大)や藍里(高畑充希)たちも来ていたのです。

門司はたま子に、『フー』が『シンフォニック表参道』と
同じレシピを使って勝つつもりなのか?と詰め寄ります。
「バカにしてるのか?」と…

「勝ちます」

たま子は力を込めて宣言するのでした…。



今回は、千佳の話がメインです。
物語の中で引きこもっていたのは
実は千佳ではなく千佳の母親であったことが明かされます。

父が千佳と母を捨てた後、何年も部屋にこもりっきりで
インターネットでのゲームばかりを一日中やっていて
「死にたい」と漏らしながら家のことは一切しなかった母。

まだ幼かった千佳は、
放っておくと食事すらとらない母のために
一生懸命食事をつくり、
それでも食べようとしない母のために、
もっと美味しく、もっと美味しくと
必死で料理を覚えていったのです。

目を離すといつ母が死んでしまうかわかりません。
だから、必然的に千佳は学校にも行けなくなります。
そうやって母が死のうとしないように、
目を離さないようにしながら、
テレビの料理番組を、ノートにメモしながら
料理を覚えていった…。

それは、自分が食べるためではなく、
生きる気力すら失った大切な母を
死なせないため…

自分が食べていくための「命がけ」ではなく
大切な母親の生きる気力を呼び覚ますため、
母の命がかかっている「命がけ」

それは、幼少の少女にとっては
もちろん自分が生きるための「命がけ」でもあったのでしょう。

まさに必死の努力…

生きる気力を失い、空腹でも食べる気力すらない人の
食欲を出させるために、「もっと美味しく…もっと美味しく…」

そんな環境で料理の腕を磨いたのです。

何が何でも、自分以外の人間の魂を呼び起こし、
生きる気力を振り立たせるような食事を
現実に創ってみせなければならなかった。

必死とか本気とかどうでもいい。
必死も本気も当たり前の命がけの命がけ…

本気に質を考えていたわたしのふわふわな気分に
大きな杭をズドン!と打ち込まれたような気がしました。


               全ての物語のために


坂元裕二脚本作品








posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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