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2015年01月25日

連続ドキュメンタリードラマ「山田孝之の東京北区赤羽 #2 山田孝之、赤羽を歩く。」徹底的に打ちのめされる経験



コールセンターに限らず、
対お客様のサービス業は、
全て「クレーム対応」という嫌な部分を含んでいます。

クレームを言ってくる人も社会人であれば
自分の仕事でクレーム対応を強いられているはずです。

お客様が、エンドユーザーである場合もあれば、
取引先の企業である場合もあるでしょう。

あるいは、サービス業でなくても、
上司や部下から自分の仕事や
自分の部署の仕事に対してクレームがくることもありますよね。

内容にもよりますが、このように
「あなたのココがおかしいよ」って指摘されることは
とてもありがたいことで、視野を広げたり成長するための
とてもいいキッカケになりますよね。

でも、年齢を重ねたり、出世して偉い立場になっていくと
なかなかそういう風に自分に言ってくれる人って
居なくなってくる。

若いときは先輩にガンガン怒られながら
成長していくものでしょうが、
(今の時代はちょっと違うようでもありますが…)
偉くなるとYESマンの方が増えてくるんですよね。

そういうときに、自分の在り方に
ガツンと言ってくれる人って、
実は凄〜く!怒りが湧くんですが、
そこを「あ、いまこの人、
オレのために大切なこと言ってくれてる!」
って気付けるかどうかって、
その後の成長に大きく関わってきます。



とても攻めている感じのテレビ東京系のドラマ。
来月は「永遠の0」、3夜連続放送なども控えているようです。
原作のファンとしては、劇場版では描けなかったドラマを、
また新たな映像で観れるんじゃないかと期待しています。

そんな攻めてるテレ東のこれまた攻めてる作品
連続ドキュメンタリードラマ

「山田孝之の東京北区赤羽」

第2話、「山田孝之、赤羽を歩く。」
を観ました。

赤羽にやってきた山田は、
漫画『ウヒョッ! 東京都北区赤羽』の作者であり
その漫画の主人公でもある清野とおるに会い、
赤羽を案内してもらいます。

ビル屋上のお稲荷様にお参りしたり、
写真館で記念撮影をしたり…。

山田は漫画に登場する
赤羽の名所を訪れるたびに感動します。

そしてその夜、
清野の行きつけのナイトレストラン「マカロニ」に、
漫画に登場する赤羽の住人たちが集まり、
山田の歓迎会を開いてくれるのでした。



清野をはじめとして、ほとんどの人が
山田に対して歓迎の態度で接します。

テレビや映画で大活躍の俳優が
自分たちの街に魅力を感じ
住んでみたいと言って引っ越して来たら
そりゃ嬉しいです。

しかし、歓迎会最後、
挨拶をした山田が一人ひとり握手をしていくと
一人だけ握手できないというオジさんがいました。
彼は山田を隣に座らせて自分の意見を言います。

曰く、「お前ぇ、ナメてんのかよ!?」と…

漫画を読んで赤羽が良いとだと思ったって言っても、
赤羽にはそこを生活の場として生きている人がいる。
お前が住んでいた街の人たちはどうなるんだよ!

お酒がある程度入って、盛り上がった後のこと、
そのオジさんの言わんとするパッションは
分からなくもないけど、だからってそんなに
コテンパンに攻めるほど筋が通っているわけでもない…
聞いていると、「だったら山田が来てもいいよね」と
ツッコみどころも満載なんですが、
それでも、そのオジさんがプライドを持って生きていることと
山田にも、もっとプライドを持って欲しいと
魂でぶつかっていることがよくわかる。

清野がフォローしますが、山田は驚きながらも
そのオジさんの話をまっすぐ受け止めていました。

目にうっすら涙を浮かべながらも
まっすぐに…

きっと、自分はこの人たちに
失礼なことをしたのかもしれないとか、
自分は上っ面の“自分らしさ”に
こだわっていたんじゃないかとか…

まあ、それはわたしの勝手な想像ですが、
自分を肯定する気持ちと否定する考えが
自分の中でワァっと暴れまわって、
言葉にはならないほどの想いが
彼の中を駆け回っていたことでしょう。

そして、まっすぐに受け止めるとは、
その自分の心の様子を自分で見つめようとしている
ということです。

とても真摯な姿でした。

有名になり、山田に面と向かって
異を唱えるような人は
なかなかいなかったのではないでしょうか?

あれだけ出世して、
あんな経験をできるのは、とても恵まれたことです。


わたしはクレームを受けながら、
わたしの謝罪の言葉がお客様に響かないと言われたことがあります。

「いくら謝られても、ワタシの気持ちはおさまらない!」

と平行線になる人や、
そもそもナンセンスな無理難題を言う人に
似たようなことを言われるのは日常茶飯事です。

だからその時も、最初は「またか」と思いました。
しかし、その人は一人の大人として
一人の社会人であるはずのわたしと電話口で
向き合おうとしてくれました。

なんとなくだけど、どこかにまだ
他の部署の人の責任で、あなたの責任じゃないという
感覚が潜んでいないか?

ということを、真剣に伝えようとしてくれました。
お話を聞きながら、わたしは自分が見えてきました。

いつの間にかこなれて、
クレームを“処理”していたのです。

ちがう。今、この人がやってくれているように
一人ひとりと向き合うことが仕事だ。

自分の在り方に気づいた時にス〜っと冷静になりました。
恥ずかしさを受け止めるしかありませんでした。
コテンパンにやられた感じです。

「…申し訳ありませんでした」

さっきまでと一言一句変わらない言葉が出てしまいました。
でも…

「あ、今、伝わったよ。響きました!よかった。
分かりました。ありがとう。
じゃあ、頑張ってくださいね」

と、その人は言ってくれました。

わたしは電話口で深々と頭を下げて
「ありがとうございました!」
と伝えて、対話を終えました。

自分に強くいってくる人の中には、
本当に大切なことを言ってくれようとしている人もいる。

歳を重ねれば重ねるほど、
そういう経験は少なくなります。

いつかまた、大切なことを見失って
そういう時が来た時に、成長のチャンスを見逃さない
感受性だけは鈍らせないようにしたいものです。



                   全ての物語のために











posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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