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2014年12月23日

アニメ「寄生獣 セイの格率 #9 善悪の彼岸」大人が子供に教える事



11月に鹿児島の実家に帰りました。
二泊三日の強行軍。

本当は息子と二人で、
わたしが通った幼稚園と小学校まで
散歩をしてみたかったのですが、
それは時間的な都合でかないませんでした。

今、小学4年生の息子が通う小学校は
家を出て、5分でつく距離です。
息子が通った保育園も、
6-7分でつくでしょう。

しかし、わたしが通った幼稚園と小学校は
大人が歩いても20-30分かかる距離です。

その距離を子供たちだけで行き来していました。

今、自分の感覚だと、
子どもをあの距離で一人で行き来させられるか不安です。

実家の周囲の子供たちが、
今どんな暮らしをしているのかわかりませんが、
母に聞くと、やはり
あの頃のわたしたちと同じような感覚ではないそうです。

鹿児島と福岡の都会度の違いもありますが
やはり一番大きいのは“時代が違う”
という問題のようです。



実写版の映画の方は残念がら
劇場へ足を運ぶ余裕はなさそうですが、
アニメは欠かさず見れています。

アニメ「寄生獣 セイの格率

第9話、「善悪の彼岸」を観ました。

転校してきた島田秀雄に惹かれていく裕子。

しかし自分で書いた似顔絵がきっかけで、
秀雄の顔に次第に違和感を覚え始めます。

秀雄の頭にボールが当たり
頭の形が変形し、すぐに戻る様子を目撃してしまった裕子は、
警察の兄が関わっている事件と結びつけるのでした。

一方、島田の行動に翻弄され、
また一つ人間性を失い凶暴性が増す新一。

そんななかで、裕子は間違った形で
踏み入ってはならない核心に迫ろうとします。

裕子は「まずは話してみよう」と
秀雄を誰もいない教室へ呼び出しました。

そして裕子が見たことを秀雄に話します。

当然秀雄は・・・



観ていて思いました。「あ…バカ」(笑)

映画などを見ているとありますよね、
「何やってんのコイツ!バカじゃないの!!」
って思うこと。

もちろんそう思わせるように
作り手がわざと仕掛けているんですけど、
ハマり込んでみているとついつい言っちゃうんです。

「8時だよ全員集合」を見ていて
「志村!後ろ〜!!」
っていうのと同じ感じ…かな?

裕子は、街で秀雄の後をつけて、
顔が全くの別人に変形する様子を見ています。

そして、兄が操作で使っていた似顔絵の
パラサイトがその姿を現したときの絵もみています。

それなのに、「まずは話してみよう」と
誰もいない教室に呼び出しました。

どんだけ平和ボケしてんの!って思いますよね。
パラサイトじゃなくても、殺人鬼じゃなくても、
例えば恐喝犯を女の子が誰もいないところに呼び出して
「あなたがやったこと観たわよ」なんて言ったら
相手を殺人犯にしちゃいかねない。

人を信じる、クラスメイトを信じる…

それは当たり前のことでもあるんですが、
同時に「危険に対する敏感さ」も
普通に育んでおかないといけない。

わたしたち親は「知らない人について行っちゃダメ」と
子どもたちに何度も何度も教えます。

それでも、子供はついて行ってしまう。


今の時代、近所づきあいも希薄ですから
地元の街を一人で歩かせるのも
怖くなります。

本当は、わたしたち大人が
もっと平和な社会にしていかなければならない。

でも、今のご時世では一人で出歩く子供には
知らない人には気をつけなさいと言わざるを得ません。

社会を変えていくためには何が必要なのでしょうか?

「危ない人」がいなくなって、
みんなが安心して暮らせるような社会にするためには…

それはやっぱり教育しかないのかな?
と思っています。

まだまだ親の精神年齢が子供のまま、
ということも珍しくない世の中で
教育に希望を見出すのも難しいと言われるかもしれませんが、
結局は、人間性の問題ですから、
一人ひとりがどのように育っていくか?
どんな心を育んでいくか?

という問題に終始するのだと思います。

知らない人への警戒心、危険への感度を教え育てながらも
人から信頼され、人を信頼できる人間になることを
教えていかないといけない。

だから、大人の在り方は重要ですよね。

ミツオのように、弱い人間を痛めつける
不良にならないように、優しさを育んでやるのは当然ですが、
裕子のように優しくて危険に鈍感でも困る。

それにはある程度、危険な目に遭遇したり
(公園で遊んで転んだり、友達にオモチャを取られたり、
ケンカしたり、遊具でふざけてちょっとケガをしたり…
そういう日常レベルの“危険”ですね)
その危険に遭遇した時、その後の心のフォローを
大人がしっかりとしてあげることが重要でしょう。

決して自分の主義主張、「こうあるべき!」
を押し付けるのではなくて、
あくまで子供が持っているものを育ませてやる
という視点で。

親はなくとも子は育つ。・・・けれども
大人がどんなフォローをしているかで
心のどこがどんな風に育つかは変わってきますからね。


                 全ての物語のために







posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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