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2014年08月29日

ドラマ「アオイホノオ #6 学園か?SFか?」あげまんを自分の中に



伊丹十三監督の「あげまん」と言う映画で
あげまんという言葉を初めて知りました。


あげまん、さげまんとは、芸人などの隠語で、
運気が上向くこと(「あげまん」)、
または下降すること(「さげまん」)を指す。
「まん」は「間」が転化したもので、
運気・潮目・出会い・巡り合わせの意味
(関西方言では「まん(間)がよい/わるい」という使い方もある)。
[ウィキペディアより]

女性に限ったことではなく、
本来は運が上向くと言うことそのものを
表しているんですね。

しかし、確かに男にとって、
自分が成長できたり、
前向きになれるような力をくれる女性は
存在します。

ただ、あの人はあげまんだ。と言った時に、
それは誰に対してもそうなのかと言うとそうではない。

組合せによってはさげまんにもなりえる。

つまり、それは受け取る側の資質にも大きく左右される。
そういうことではないでしょうか?



個人的には明らかに「HERO(ヒーロー)」よりも
楽しみになってきたテレビ東京のドラマ24枠の新作

「アオイホノオ」

第六話、「学園か?SFか?」

東京での漫画の持ち込みに打ちのめされた焔モユル(柳楽優弥)は、
大見えを切った憧れの先輩・森永とんこ(山本美月)に
正直に落選の結果を告げました。

同じころ、庵野ヒデアキ(安田顕)は、
2年生の課題発表「ファーストピクチャーズショー」に
1年生でありながら出品するため、
作品を作っていましたが、
アイディアが出ずに苦しんでいました。

焔は、受賞したライバル作品に
自分の作品が劣っているとは思えず
何かとても簡単で大きな間違いをしているんじゃないか?
と考えます。
考えながら、あだち充の連載「ナイン」を読み
野球漫画としてはあり得ない展開にショックを受け
ジタバタと文句を言っている間に大切なことに気づきました。

『そうか、「ナイン」は、野球漫画じゃない・・・学園漫画なんだ!』

自分の作品はSF、受賞したライバルの作品は学園漫画・・・
謎が解けた焔は、時代は学園漫画なんだと、
自分も学園漫画を描くことを考えるのですが、
友人の高橋(足立理)からはSFで行くべきだと言われ、
さらに悩み始めるのでした…



焔が落選したことを正直にとんこ先輩に打ち明けた時、
とんこさんは嘘をつかず正直に打ち明けてくれたことを褒めます。

そんなとんこさんの前で、焔は、
「こんなゆるゆるの、
レベルの低い賞でも引っかからないような程度ではダメだ」
と落胆しますが、

とんこの言葉が、また焔に炎を灯すことになります。
ゆるゆるだからダメだったんじゃないの?
焔くんには、ゆるゆるな勝負は似合わない。
もっと本気の真剣勝負でこ、君は力を発揮するんだよ。

「そうだったのか!」

と一瞬で、エンジン全開に燃え上がる焔くん。

もう、観ていて痛快です。


たびたび焔の熱き勘違いパワーの
起爆装置を爆発させるとんこ先輩。

おそらく、とんこさんのような女性には
甘えてダメになってしまう男もいるでしょう。

しかし、森永とんこ×焔モユルの組み合わせの場合は
焔の力を引き出す効果が生まれる。

これが“あげまん効果“なんじゃないでしょうか?

特定の人があげまんなのではなくて、
あげまん効果は組合せによる相対的なモノ。

なぜなら、受け取る側がどんなことをどう受け取るかによるから。

ならば・・・

と思うわけです。
とんこの言葉は自然と焔に
プラスに受け止めるような言い方をしている。
焔は無意識に、プラスに受け取っています。

ならば、意識的にその状態を創り出せば良い。

相手の言葉、態度を全て自分にとっての励ましや
叱咤激励と捉えてみる。


そうか、オレが天才だからあの人はあんなことを言ったんだ。


わたしは基本的に、
人の意見は好意として受け取るようにしています。

その方が摩擦も起きませんし、
例え勘違いだったとしても
それが実は悪意だったと知った時には、
その相手とは仲良くなっていたりします。

なにより、自分が一番ラクでいられる。
精神衛生上、非常に有意義だと思っています。

「オレの妻は(彼女は)さげまんだ!」
「ダンナのせいでアタシの人生は狂った!」
「アイツの陰口が私足を引っ張っている!」

そう思うときは、

「オレの妻の小言は期待の裏返しか、
オレが天才だって認めてるってことだ」
「ダンナがズボラなのは、
アタシの妻力が天才的だから甘えているのね」
「アイツは私の能力に嫉妬してる。
でも、認めてもいるから面と向かって言えないのか」

こんなふうに解釈を変えてみる。
現実に起こっていることは変わっていなくても、
自分の中で受け取ったことが自分の真実になります。

ならば、自分の中でのモノの受け止め方を決める機能を
“あげまん”化してしまえば良いんじゃないでしょうか?



                  全ての物語のために









posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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