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2014年08月13日

ドラマ「震える牛 #3」守りたいなら、守る方法を間違えないで下さい。



職場では問題が起きたら
素早い情報共有が必要です。

自分のミスで、責められるのが怖かったり、
なんとなく考えるのが面倒で後回しにしたり、
そういうことがのちのちの大問題に発展しかねない。

だから、自分で背負いこまず
どんどん情報共有する。

しかし、実状どこの会社でもそれが
徹底して行われているかというと
100%できていると言い切れるところはないでしょう。

例えば、大企業であれば情報を出すタイミングで
社内での出世争いに有利になることがあれば
タイミングを計る人もいるでしょう。

ただ、責任を取らされるのがいやで、
もみ消そうとする人もいるかもしれない。

しかし、それらが原因で、
問題は雪だるま式に大きくなり
最終的には会社を潰し、
そこで働くスタッフとその家族へ多大なる損害を与える。
もちろんその中には自分もいる・・・。

だったら、マズイ!感じた時点で
さっさと報告して、可能な限り早い時点で
問題を回避・解決するほうが、
結果的には自分を含めたみんなを守ることになる。

しかし、これは業務の話です。

では、人間関係でのお互いへの意見や
感情的な問題はどうでしょうか?

多くの場合はわだかまりを持たないように、
思ったことはさっさと伝えた方が
良好な関係を築ける・・・というのは確かにあります。

しかし、それだけが正しいとは言い切れません。



連続ドラマWの話題作

「震える牛」

第3話を観ました。

ミートボックス社長、八田(古田新太)は、
西野(橋本さとし)を殺したのは柏木信友(平山浩行)ではないかと
推測していました。

ミートボックスとの契約を打ち切りにしたい
オックスマートの滝沢(小林薫)に対し、
信友の秘密を握っていることを匂わせ、自社製品販売継続のために、
滝沢を脅迫する八田。

そんな中、田川(三上博史)は
もうひとりの被害者・獣医の赤間(本田大輔)
の元婚約者の協力を得て、
赤間と柏木、そして西野と柏木がつながる場所を
突き止めます。

それは増渕(竜雷太)が経営している牧場でした。

増渕牧場を訪れる田川。
増渕が何か知っているのではないかと
強く疑念を抱くのでした・・・。



柏木信友、オックスマートの滝沢、
そして増渕・・・

それぞれに守るべきものがあり、
守るために、秘密を隠し持っています。

ある人物に向けて、田川が真摯な言葉を投げました。
「もしあなたが何かを守ろうとしているのなら、
守る方法を間違えないでください!」


結婚当初、わたしはいろいろなことを
妻から指摘されました。

財布に入っているお金はすべて使い切ってしまうのが
当たり前だったり、
自分では無意識で、
自分が睡眠不足なのを妻のせいや
テレビのせいにしていたり、
自分にとって都合が悪いこと・・・つまり、
「これ言うとアイツ怒るだろうな〜」ということを
できるだけ言わないで済むように嘘ついて隠したり・・・

(笑)注意されたことを書いていみると、
なんか、最低な人間に見えますね。

いつもそうだったということではなくて、
そういう部分がたま〜に(笑)垣間見えて
注意されたということです。

確かにそういう部分があり、
お金の使い方や、
自分の状況は全て自分で引き受けるとはどういうことか?など
さまざまな面で自分を顧みながら、
少しずつ成長してきています。

しかし、未だに難しいなという部分は、
なんでも思った瞬間、起こった瞬間に正直に開示する(伝える)
という部分。

これは、単に「怒られたくない」「自分を守りたい」
ということではなくて、
例えば、逆に
息子など、わたしが開示することで関わる者の
感情的な成長を左右しかねないことが起因だったりすると
今言えば確実に反発を買って、逆に成長の妨げになるよな・・・
と、「折に触れて」という言葉を使って
いったん自分の中に飲み込むことが多々あります。
結果としてそれが自分を守ることにもつながるようなときは
要らない後ろめたさまで感じることもあります。

家族を守る。
と、考えると自分も含まれますからね。
自分を守ることにもなることは多い。

性格的に何でも言ってしまえる人は、
「だってそうでしょう!」という理由で、
ズバズバ言えますが、
間違っていなければいつでも何でも言っていいのか?
というとそれはまた別の問題ではないでしょうか?

その時は、その選択が
正しいのか間違っているのかは分かりません。

しかし、その選択をするとき
いつもわたしの中に芽生える言葉はまさに
何かを守りたいのなら、
守る方法を間違えるな!
という視点なのです。

一見間違っているように見えても
長い目で見るとどうだ?

と出来るだけ常識や既成概念的な倫理に
ハマってしまわないように、
そして、傲慢になってしまわないように。

いろいろなことを気をつけながら・・・

なんて、なんか自分で全部背負ってるみたいに
書いていますが、あくまで個人で背負える範疇で、
ですよ。

人の人生を代わりに生きてあげることはできませんからね。


               全ての物語のために










posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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