お知らせ 2019年10月1日からこのブログ
「あなたの幸せ力を引き出すストーリーセラピー【ストセラ】」は
https://storytherapy.net/
へ移行します。

こちらのseesaa版は、これまでの記事のアーカイブとして残します。
今後とも、よろしくお願いいたします。

2014年07月29日

「クロニクル」わたしの心の課題:簡単バージョンと難しいバージョン




悩みはその人の人生の課題、宿題です。
だから、本当のカウンセラーは悩んでいる人の
悩みを解決してあげようとはしないんです。

子供の宿題を親がやってあげたら
宿題の意味がないでしょ?
自分で勉強して解いていくから意味がある。

悩みはその人が成長するために
現れた成長のチャンス。

残念なことに、宿題は探せば目の前に
いっぱいあるのに気付かない人も多いです。

でも、もしあなたが悩み多き人なら
誇りに思っていい。
たくさんのチャンスに気付ける
センスの持ち主だという証拠だから。

そんなことを語っているストーリーセラピストの
わたくしにも、人生の宿題=悩みはあります。

それは感情的な課題。
わたしの課題のテーマは「怒り」です。
それも、「他人の怒りに対する自分の怒り」。

わたしは怒りそのものは否定していません。
生物として生きる上での本能ですから
怒りを持つことそのものはすごく健全なものだと
心の底から思えています。

しかし、その怒りを露わにして外にむき出しにする人には
嫌悪感を抱くのです。
さらに、その怒りを人にぶつける人には怒りがわきます。
そして、怒りをぶつけられる人がわたしにとって
身近であればあるほどその気持ちは大きくなります。

怒りは第二感情、怒りは自己防衛本能。
怒り自体を持つことはよくても、人にぶつけるのは
自分の感情の責任を人に押し付ける卑怯者の行為だと
無意識でつよ〜く思っているから自然と腹が立つ。

怒りへの怒り…つまりわたし自身も自分を守りたい。
わたしは自分の何を守りたいのだろうか??



前々から気になっていたハリウッドのSFアクション映画、

「クロニクル」

を観ました。

あることがきっかけで超能力を手にした高校生、
アンドリュー(デイン・デハーン)、マット(アレックス・ラッセル)、
スティーヴ(マイケル・B・ジョーダン)の3人。

彼らは自分たちの姿をビデオで記録していました。
そのビデオカメラの視点で物語が語られます。
だからプライベートビデオをつないで全容が分かる感じ、
クライマックスでは、防犯カメラや車載カメラなど
さまざまなカメラの視点が切り替わり
ぐんぐん観客の感情を盛り上げて行きます。

主役の3人は超能力を使い、
他人がかんでいるガムを口から取り出したり、
女子のスカートをめくったり、空中でアメフトをしたりと、
退屈だった毎日が刺激的な日々に変わって行きます。

そんなある日、クラクションを鳴らして後方からあおってきた車を、
アンドリューが超能力でスリップさせます。
ドライバーに大けがをさせてしまうのでした。

自分たちの力がどんどん強くなっていることに
困惑しながらも、人を傷つけないようにという
ルールを作るのですが、
精神的に発達途上の10代の彼らの感情の揺れに伴い
その力は大きな事件を生んで行きます。



わたしは自分と人の境界線を強く意識しています。
しかし、それを冷たいと受け取る人もいます。

心理学的に言えば、一体感か離別感へと
感情的成長を遂げているということになるので
おとなとしては当たり前なのですが、
一線を惹かれてここからは入ってくるな!
と突き放されたように感じる人がいるのはわかります。

わたしも自分がされると今でも感じますから。

しかし、自分の感情を他人のせいにしてはダメ。

その考えは何も間違っていません。
わたしはこの考えを持っているので、
大人のくせに自分の感情を人のせいにする大人モドキに
怒りを覚える。

怒りへの怒りが湧くんですね。
だからわたし自身がまだ本当の意味で自分の
傷をいやせていないということなのです。

何かが辛いから怒りで自分を守ろうとする。

わたしが守っているのは、
たとえば楽しい気分でいるときに、
だれかの荒れた感情のせいでその場のみんなの
楽しい気分が台無しにされること。
それを見た自分のがっかり残念になる気持ち・・・
ですね。

そしてよくよく掘り下げると、
それらの感情は、幼少の頃の記憶に原因がありました。
父はもともと気性が荒くて
機嫌が悪い時は家中のモノに八つ当たりをしていました。

わたしが小学校に上がったころには
父は自分で自分を見つめ、毎日座禅を組むようになり
もともとの気性をいい方に使えるようになって行きました。

わたしが自分を見つめることを重視するのは
見事に自分を変えた父を尊敬しているからでもあります。

しかし、幼少のころのあの嵐が治まるまで
妹や弟たちと違う部屋で隠れるように
息をひそめて荒れ狂う父が立てる男を聞いていたときの
理不尽な恐怖への怒りがまだまだわたしのなかには
刷り込まれているんですね。

怒りへの怒りは、人間関係のあつれき溝を
一気に深めかねません。
そもそも怒りを持つ人は自分が正しいと思っているわけですから
怒りを否定されると全てをまったく受け入れてもらえないように
感じるでしょう。

だからわたしは早く怒りへの怒りを
自分の感情レベルでは癒しておきたい。

幼少の頃の傷を本当の意味でいやすことができたとき
わたしは始めて人の怒りとニュートラルに向き合えるはずです。

・・・と、まあここまでが、
自分が経験してきたことを物語として
見て行くセルフストーリーセラピーですね。

過去が原因になって今がある。
それは現実です。
でも、この方法には危険性もある。
自分の今を過去のトラウマのせいにしてしまう。

わたしはかわいそうな人間ではないし、
父のことは尊敬こそすれ、恨みなんてありません。
たしかに習慣としての刷り込みはなくはない。

でも、大事なのは過去がどうかより、
今ここからどう生きるか?

だったらどうなりたいのかをしっかり見極めて、
そうなるためには今から何ができるか考えればいい。

わたしの場合は、人の怒りへの怒りが問題なら
人の怒りを笑えば?人の怒りを交わせば?
受け止めてみる?無視してみる?
いろいろやって見ればいい。
人の怒りが発動するときに、わたしがいることで何が起きればいいのか?
その目的に合わせた反応に変えればいいだけ。

原因に囚われるか、目的に焦点をあてるか?

自分の傷を丁寧に癒すのは周囲の人たちのためにも
やる意味はあります。
しかしそれにとらわれ過ぎると、逆に自分で自分の
かわいそうな過去に憐みを感じたりする。
いわゆる自己憐憫に陥りかねない。

でも、今ここには過去も未来も存在しません。
あるのは今だけ。
だったら今この瞬間に幸せになる
手っ取り早い方法も知っておいた方がいい。

自分の心の課題、人生の宿題にも、
いろいろな解き方や検証の仕方があるものです。
宿題を解くことを面白く感じ始められたら、
今の味わいも深まりますね。

「クロニクル」の少年たちは、
自分の力と感情と理性の間で翻弄されながら
もがいて様々な衝突を生んだり巻き込まれたりします。

自分の感情をどう癒し、どんな未来へつなげるのか?
そういうことを考えながら観ると、非常に面白いと思います。



               全ての物語のために








posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック