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2013年10月15日

ドラマ「リーガル・ハイ #8」絆と一体感は違う!!




わたしは親です。
子どもの教育やしつけに対する責任があります。

しかし、親としての自信を持っているのか?

と聞かれると「自信?」と、険しい顔をして返すことになります。

なぜなら、自信を持って親をやっているという大人を
わたしは信用していないから。

どういうことか・・・

「コレが正しい!」「こうすべき!」「こうあるべき!」
自分の考えに絶大なる確信をもっているということは、
その人は、もう成長しないということだからです。

本来、教育とは教え育むものです。

教え刷り込むものではない。

教えるというのも、「コレが正しい!」「こうすべき!」
という親がたどり着いた、親にとっての正解を教えるということではありません。
また、子どもが同じ考えにたどり着くように仕向けることでもありません。

それは価値観の押し付け。
教育でもなければ、躾でもない。
マインドコントロールです。

大人がいろいろな現実に直面し、思い悩みながらも、
一生懸命に生きていく。
親自身がそうやって成長していく姿を見せるのが、
教えるということであり、
そういう姿を見て、子どもがどう感じ、「何が正しいのか」「どうしたらいいのか?」
を子どもの中から引き出し育むこと、そうやって子ども自身が価値観を構築していくのを、
見守り応援するのが、育むということです。



快調なスタートを切った、フジテレビのドラマ
「リーガル・ハイ 第2シリーズ」

その前作が福岡では、夕方に再放送されています。

リーガル・ハイ」 第1シリーズ

第8話を観ました。


古美門研介(堺雅人)、黛真知子(新垣結衣)、服部さん(里見浩太朗)が
くつろいでいる事務所では、テレビにドラマが映っていました。
天才子役・安永メイ(吉田里琴)が出演しているドラマです。

感動的な親子再会のシーンに、黛は素直に涙します。
でも、いつものことですが古美門は冷めている。

その頃、メイは母親の留美子(小沢真珠)が出かけたのを良いことに、
まだ12歳の子供にもかかわらず、ビールを飲み、男友達を家に連れ込み、
急性アルコール中毒で病院へ搬送されてしまいます。

しかも、留美子とマネジャーの梶原(おかやまはじめ)が、
この件のマスコミ対応で口論となり、
そのスキにメイは病室から抜け出してしまいました。

マスコミにメイの荒れた私生活が暴かれるなか、
古美門と黛はホテルのスイートルームに呼び出されました。

そこで待っていたのはメイ。
メイは無敗の古美門の噂を聞いて依頼してきたのです。
依頼内容は、なんと留美子と親子の縁を切らせて欲しいというものでした。

黛が反対するなか、古美門は引き受けます。

メイの訴えを受けた留美子が弁護を頼んだのは三木長一郎(生瀬勝久)。

そして三木は、この弁護に最終兵器としてある男を呼んでいたのでした。

家事審判廷で顔を合わす古美門と三木たち。
そこで三木がひとりの男を呼び入れます。
三木の用意した最終兵器。その名も古美門清蔵(中村敦夫)。

古美門研介は、険悪なムードを漂わせて凍りつきました。
何を隠そう、この古美門清蔵は、断絶状態にある古美門の父だったのです。



古美門と清蔵の弁護は真っ向から対立します。
幼い頃厳しく育てられ、清蔵に反逆心を持つ古美門は、
メイを自分に重ねた代理戦争のような泥沼となっていくかのようでした。


裁判のなかで、留美子がしていることはメイへの「洗脳」だと、
古美門がしてきすると、
清蔵が、「君がいっているのは洗脳ではなくマインドコントロールです」
と言葉の使い方を知らない古美門をたしなめます。

清蔵の主張は、親が子どもをしつけるために
自分の考えを伝えるのは当然のことで、子どもがそこから抜け出そうとするのも
至極当然のこと。そういう意味でメイはまっとうに育っている。

ということでした。

しかし、ある事件がキッカケで、古美門のみならず、
黛まで、それは違うと毅然として反論していくことになるのでした。


清蔵がメイのことを「まっとうに育っている」というときの愛情深い目。
清蔵は、暗に自分のところを飛び出し、自分に歯向かう古美門を
まっとうに育っていると思っているかのようでした。

しかし、どうなんだろう・・・?

わたしの思考はその先を行きました。

古美門が少年時代に清蔵に色々と注意をされる
「躾」のシーンが数回出てきますが、
わたしだったら、親にあんな風に言われたら病むな・・・

と思いました。

古美門少年は、相変わらず理屈やで確かに意地も悪い。
同級生がサンタクロースを信じていると、
古美門が、そんなモノがいるわけがないと、イジワルを言います。
家に帰った古美門はそのことを、清蔵に責められました。
「サンタクロースがいないという根拠を述べなさい」と清蔵。
「サンタクロースを実際に見たなんていう人は誰もいない」
という古美門少年に、
「君は、見た人がいないというだけで、いないと言ったのですか?
君は世界中の人に聞いて回ったのですか?」
挙句の果てに、
「頭が悪い子がいると家名に傷がつきます」とまで言います。

清蔵・・・愛情が無いわけではありません。
愛すればこその厳しさなのは確かです。

清蔵は、留美子とメイの審問で、親子の絆の強さを主張します。
古美門はそれに対して、「絆が強いからこそです!」
と、反抗ではない。
真摯な力強さ、それに悲しみや苦しみを帯びた目で、
本気で訴えました。


親が自分の感じ方、考え方を教え込むのは、
躾ではなくて価値観の押し付け。
正しさの押し売りです。

マインドコントロール。

留美子はメイに完全に依存していました。
メイの幸せはワタシの幸せ・・・
幸せとはこういうあるべきもの・・・

これは、強烈な母子一体感・・・自分と娘の人生を同一視している。
娘の人生は娘のものであることを、心で理解できていない状態です。

親子の絆と母子一体感は、別物です。
母子一体感は、甘えです。

家族のようにとても距離が近い関係だと、
その違いが非常に分かりづらい。

でも、大人の母子一体感は、子どもを確実に苦しめます。

昔は、ご近所づきあいや、祖父母や親戚達が
近所にいて、地域の横のつながりが強かったので、
いろいろな人間関係の中で、そういうことは
自然と分かっていける環境がありました。

しかし、現代は核家族が当たり前になり、
自然とそういうことを学べる環境というのは殆どありません。

だからこそ
自分も含め人の心のことを学ぶのは、
とても大切な事だなと思います。

古美門と清蔵は、本当はもっと良い関係を築くことができたはず。

古美門と清蔵のような親子は現実にも
沢山いらっしゃるのではないでしょうか?

わたしの息子がどのような価値観を作り上げていくかによっては
わたしと息子の関係もあのようにならないとは言い切れません。

それでも、やはりこれだけは譲れない。

絆と一体感は違う。躾と一体感も違う。
躾とマインドコントロールも違う。

「これが正解!」なんてことはわたしも言えませんが、
わたしはこれからも親としての自分に自信は持てないまま、
腹をくくって親をやっていくでしょう。


無知の知をもって。



                  全ての物語のために













posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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