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2013年10月14日

ドラマ「リーガル・ハイ 第2シリーズ #1」感動の方程式





幼少の頃、わたしは「宇宙戦艦ヤマト」が大好きでした。

まだ、「銀河鉄道999」が「キャプテン・ハーロック」が
わたしの意識に大きな影響を及ぼすよりも前。

ヤマトがあると一生懸命テレビにかじりついて見ていました。

100円のお小遣いをもらっては、近所の文具店に行って、
当時100円で売っていた小さな宇宙戦艦ヤマトの戦艦シリーズの
プラモデルを買っていました。

ヤマトの船体のデザインにまいってしまったんですね。
ストーリー云々よりも、あのヤマトが飛んで戦う姿が、
カッコよくて仕方なかった。

しかし、ある程度意識が大人になり、
ドラマなどが分かるようになってくると、
少しずつヤマトから気持ちが離れていきました。

ヤマトより、999やハーロック、あるいは「機動戦士ガンダム」など
ドラマ部分がよりしっかり出来た作品の方が心に響くようになったのです。

ヤマトのドラマ部分がしっかりしていないのかというと、
そうではありません。

でも、なんだか、全体を見渡したときに「もういいかな・・・」って
思うようになりました。

たぶん、それは劇中で人の死がドラマを盛り上げるために
使われているからだな・・・と、ある時期気付きました。



とうとう、我慢できずに観てしまいました。

何を?って、リーガルハイです・・・

毎日書いてるじゃない!って、はい。

第一シリーズを観たことがなかったので、
今福岡で再放送しているのを最終回まで見たら、
第二シリーズを観始めようと思っていたんですが、
いざ、第1話を録画したら、もう我慢出来ませんでした!


っということで!
順番前後して申し訳ないですが、

リーガル・ハイ 第2シリーズ

第1話。


古美門研介(堺雅人)と黛真知子(新垣結衣)が、
恋愛問題が発覚したアイドル相手に“騙された”と訴えるファンたちを
弁護しているシーンから始まりました。

ハチャメチャな論理で被告を追い詰める古美門は、
黛ではなく羽生晴樹(岡田将生)を指名して交代。

羽生は人情に訴えて、アイドルに罪を認めさせました。
そんな羽生を、古美門は「天性の人たらしだ」と賞賛しました。

その夜は古美門法律事務所で祝勝会。
それは羽生の送別会も兼ねていました。
検察官の羽生は、弁護士職務経験として古美門法律事務所にいたのでした。

古美門は、羽生にほれ込んでいた様子で検察官を辞めて
自分の事務所に入るように誘います。
しかし、羽生は自分の道を模索すると古美門に別れを告げます。

その頃、古美門のライバル三木長一郎(生瀬勝久)は、
事務所のベテラン弁護士、磯貝邦光(古舘寛治)から
担当案件から降りたいという申出を受けていました。

三木は許そうとはしませんが、
一方でそのクライアントの無実を勝ち取るのは不可能とも考えていました。

その直後、黛が古美門に骨のある案件が来たと喜び勇んで報告します。

それこそ磯貝が放り投げた案件。
クライアントとは運輸会社社長殺害と、
その娘の殺害未遂で死刑を宣告された安藤貴和(小雪)。

二審が進行中の貴和には二度の離婚歴があり、
元夫たちの不審死から保険金目当ての疑惑も持たれている世紀の悪女。

黛と拘置所を訪ねた古美門は、
始めはやる気は無かったのですが貴和のある提案で犬のように
引き受ける気満々になりました。

さらに古美門と黛は、羽生の計らいで裁判の担当検事に会います。
2人の前に現われたのは醍醐実(松平健)という一風変わった主任検事でした・・・。



30分拡大のスペシャルなオープニング作品。
次回から楽しみでワクワクです。

第一シリーズのラストはまだ知りませんが、
何の違和感もなく新しいシリーズを見ることが出来ました。

ラストで黛がカメラ目線で言います・・・
「やられたら、やり返す。バイ・・・」
そこへすかさず古美門が割って入りました。
「生ぬるい!やられなくてもやり返す!
だれかれ構わず手当たり次第に八つ当たりだ!」

(笑)って・・・。
これはもうTBSの「半沢直樹」あってこそのギャグですが、
それでもスカ〜ッ!としました。

爽快でした。気持ちよすぎて涙を流して爆笑しました。

でも、脚本の作りを冷静に考えると、
単純にタイムリーかつ堺雅人つながりの「半沢直樹」が
あったから・・・だけではないんですよね。

古美門が実は徹底的に、落ち込むんです。
第一シリーズを全部見てないので、実際のところはわかりませんが、
恐らく、過去に無いほどの打ちのめされ方なんでしょう。

あの三木が、叱咤しに訪ねて来るぐらい(アツい!!)
黛も、古美門の胸倉を掴んで涙を流しながら気合を入れろ!
と言わんばかりに叱責します。

それほど落ち込む。

その落ち込みようがあってこそ、「手当たり次第に八つ当たりだ!」
が爽快になるんですよね。

多くのエンターテインメント作品もそうです。

アカデミー賞を受賞した名作「ロッキー」も、
始めは徹底的に貧しくて、うだつの上がらない生活があって、
ラストの試合、負けてしまいますが最終ラウンドまで戦い抜いた!
という感動がある。

劇中で仲間が死んで、復讐劇になるのも、
そういう原理があるからなんです。

ですが、劇中で描かれる死が、
ただ、物語を盛り上げるためダケに演出されたものなのか、
ドラマとして意味があるものなのかによって、
伝わる感動が全然違ってくる。

「宇宙戦艦ヤマト」はちょっと、過ぎるくらいに人が死にます。

大事な人がすぐに死んじゃうから、
後になって「実は生きてました」なんて登場のさせ方をする。

そしてまた盛り上げるために殺しちゃう・・・。
そういうのが見えると、
観ているファンはちょっと残念な気持ちになります。

劇中で感動を盛り上げるのに、
何も人の死を描かないといけないわけではないんですよね。

ハリウッドの脚本の教科書でも、
物語の流れを表す「比喩的な」言葉として、
確かにそのパートの名前を「死」と表記するものもあります。

それは、比喩ですから、
自分の中で古い自分が死に、新しい自分に生まれ変わる…
など、成長や変化を表現できれば良いわけです。

そういう意味では、
今回の「リーガル・ハイ」は分かりやすく、
上手いな〜っと、思いました。

古美門の「ある意味」での「死」と「復活」。

このギャップが、感動を上手く盛り上げていましたね。

とても勉強になりました。


人がこの「死」と「復活」のギャップに感動するのは、
自分自身の人生がそれの繰り返しだから…

これも、神話学や心理学を研究されて創られた
ハリウッドのストーリー学から学んだことです。


わたしたちは日々、「死」と「復活」を繰り返している。
それは、色々な意味で。

昨日の自分と今日の自分は違うと言ってもいいくらい。

だったら、古い自分に縛られていないで、
新しい自分になってもいいって思えますよね。

人は、自分の人生をきちんと生きれば、
それだけで自分も他人も感動する素晴らしい人生になるんですよね。



                  全ての物語のために









posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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