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2013年08月19日

ドラマ「スターマン この星の恋 #6」今を生き、風を感じる感性




わたしが住んでいるのはマンションの2階です。

ベランダに立つと、目の前は田んぼです。


先日、息子と2人で自転車で市民プールに行った日のこと・・・

2人でエントランスをでて田んぼの前に立ちました。

青空のもとやさしい風がそよいで、
青々とした稲が波をうつ様子に胸を打たれる想いがして
言いました。

「稲が波打ってキレイだね〜」

小学3年生の息子にも分かるかな?
と内心思いながら語りかけていましたが・・・

「う〜ん♪ ボクもよくベランダに出て見とうとよ。
緑と黄緑が変わってキレイやし、
自分にも風がふいて気持ちいいけん」

な〜んにも心配はいりませんでした。
これが小学3年生の感受性か!

子どもを育てるって、ホント感動の瞬間の連続です。




順番がメチャクチャになってしまいますが、
今日取り上げるのは、ドラマ「スターマン この星の恋」の第6話です。


記憶を取り戻した星男=達也(福士蒼汰)は、
不器用ながらも宇野家に溶け込み、
佐和子の息子達とも本当の家族のような関係を築き始めていました。

子ども達が野球をやっていると知った星男は、
早朝から子どもたちを引き連れ、野球の練習に出かけます。

その楽しげな様子に、佐和子(広末涼子)どことなく幸せを感じていました。

しかし、星男は記憶が戻って以来、
体の中の“何か”が頻繁に暴れ出すようになっていました。

「俺の中にいるお前はなんなんだよ。俺をどうするつもりなんだよ」
と苦しげに訴える星男を偶然目にしてしまった佐和子は、不安になります。



一方、前回(第5話)で祥子(有村架純)を黙らせるために
とっさにキスをしてしまった重田(國村隼)は、動揺していました。

安藤(山田裕貴)から祥子との関係を勘ぐられ、
気まずい職場のムードに耐えかねた重田はキスなんて
なかったことのように振舞おうとしますが、
祥子は「好きになってしまいました」と告白してきて、更に混乱します。

そのころ星男=達也は体内に潜む“何か”が急速に力を増していることを感じ、
自分の本当の終わりが近づいていることに覚悟を決めていました。

佐和子をドライブに連れ出し別れが近いことを告げる星男=達也。

納得できない佐和子は取り乱します。
「いなくなるなら、もっと嫌いにさせてよ。もっとマシな言い訳してよ!」と・・・

そんな佐和子を優しく抱きしめほほ笑んだ星男=達也は、
全身の力を失ったようにいっきに崩れ落ちていきます。

宇野家のリビングに寝かされた星男=達也を診察した溝上(モト冬樹)は
「残念ですが…」と首を振り、いよいよ死の宣告をします。
取り乱す佐和子に、美代(吉行和子)や節(小池栄子)も言葉をかけられずにいました。

そこに、知らせを受けた重田が駆けつけます。

「そいつは死んでいるが、死んでいない」

呆気にとられる医師をよそに、
「これからだ。今、目が覚める」と固唾を呑んで星男を見守る重田。

すると、死んだはずの星男が体をピクピクと動かし目を開けました。

度肝を抜かれた佐和子たちに、
重田は「宇宙から来た王子様だ」と生まれ変わった“第三の星男”を紹介します。

まもなく、星男は佐和子に視線を向けると、「佐和」と微笑むのでした。



もともと、達也の記憶がない状態の星男を好きになった佐和子でしが、
星男がいなくなったことで胸を痛めながらも、
達也とも惹かれあっていった訳です。

非常に複雑な関係・・・

何ものかに身体をのっとられた達也に同情しながらも、
何ものか=星男だったのであれば、
やはり星男にも戻ってきて欲しいと、見ながら思ってしまいました。


達也にとっては残酷な話です。


その達也が人としての幸せを感じられるようになっていく様は、
今ここにある当たり前のことに幸せを見出していくという描写でした。

子ども達や佐和子の家族との触れ合い。

そして、洗濯物を干しながら、
そこに在るもの(景色や風や家や洗濯物)、
そこに在る自分を感じ、それが幸せなんだと実感していく・・・。


人にはもともとそういう感受性があります。

また、人のそういう感受性に触れることでも、
わたし達は幸せを感じることができます。


わたし達は、社会を維持するために、
いつの間にかお金を生み出さないものに、
時間や心を費やすことを「意味が無い」「無駄」
として扱うような時期を過ごしてきました。

でも、経済だって、お金だって、仕事だって、
本来はそんな「無駄」な時間に目いっぱいの幸せを感じて生きていくために
作られた仕組みや行為だったはずです。


ベランダに立って、緑の稲がそよぐ様や流れる風に感動している息子。
今という時を味わっているその姿を想像しながら、
その感受性を守り、育んでいくために、
大人であるわたし達の今があるんだと、
心地の良い覚悟の風が胸をそよぎました。


                  

全ての物語のために







posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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