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2013年06月17日

小説「小説 震災後 福井晴敏 著」 こんな時代に産んで良いの?



先日紹介した「BARAVE HARTS 海猿」で、
主人公 仙崎大輔の妻、環菜が、
今の時代に子どもなんか産んでも良いのだろうか?
と悩むシーンがありました。
既に2人目がお腹の中にいたのですが、
街行く人が自分のことしか考えていないような場面を
目の当たりにしての悩みでした。


かなり、昔、まだ10代だったか、20代前半だったか・・・
私はまだ恋人もいないような状態でしたが、
同じようなことをふと考えたことがあります。

私はその時母にも訊ねました。



大長編小説「機動戦士ガンダムUC」全10巻を読破したあと、
福井晴敏さんが描く世界観から出てしまうのが寂しくて、
読破直前に、1冊の文庫本を買っていました。

福井さんの新作、「小説 震災後」という作品。
3.11の震災後しばらくしてハードカバーで出版され、
異例の速さで文庫版にもなった作品です。

内容がまさに東日本大震災と原発事故をテーマにした
小説だったこともあり、「今」読んで欲しいということで、
文庫化も早かったのではないでしょうか?
真意は分かりませんが。



2011年3月11日、東日本大震災発生。
多くの日本人がそうであるように、
東京に住む平凡なサラリーマン・野田圭介の人生もまた一変しました。
原発事故、錯綜するデマ、希望を失い心の闇に囚われてゆく子供たち。
そして、世間を震撼させる「ある事件」が、
震災後の日本に総括を迫るかのごとく野田一家に降りかかります。

傷ついた魂たちに再生の道はあるのか。。。

祖父・父・息子の三世代が紡ぐ「未来」についての物語。

野田の息子が通う中学校の校庭には、
教員、生徒、父兄、PTAの面々が集合し、
全校集会が開かれていました。

世間を震撼させたある事件・・・
原発事故による放射能汚染、大人達の対応に
未来を奪われたように感じ、心に闇を追ってしまった子ども達。
その闇が、「フクシマ・ベビー」と呼ばれる偽造写真を
ばらまくという悪質な悪戯となって発露します。
しかも、野田の息子がその写真をばらまいた本人・・・

名のある学者先生やPTA会長が壇を取る全校集会に、
父兄代表として無理やり話をする機会を取り付けた野田は、
自分の番が来たときに生徒達の中にある息子の顔を見つけて言いました。


「そろそろ未来の話をしよう・・・」


そして、物語は震災当日から、
その全校集会が行われるまでの経緯が描かれていきます。





私は震災当時、テレビで異様な情景をずっと見ていました。
正直、西日本にいると、いくら日本がとんでもないことになった
とは思っても、いつものように不自由なく生活できていたので、
どうしても「自分ごと」としてとらえきれないことばかりでした。

原発事故にしても、九州にも原発はありますが、
それが爆発したら??とは考えても、
実感としてスグにどうこうというところまでは考えられず、
なんとか被災地への募金を気持ち程度に出すのが関の山。

息子の小学校の入学式の日に、
被災地から避難してこられたご家族もいるということを聞き、
九州まではるばる大変だろうな・・・
仕事や家のことやら、どうなるんだろう・・・
と心配をした程度。

つまり、実感が湧いていないんですね。


そういう人たちにも、この小説は読んで欲しい作品です。

小説よりも現実の方が大変だっただろうということは、
言うまでもありませんが、
そういうことも、この小説を読めば想像できます。


この先いったいどうやって生きて行けばいいのか・・・

途方にくれるとはこういうことなのでしょう。


どんなに安定した生活をしていても、
自然の驚異によって、何もかも奪われかねない
不安定な世界に住んでいるという事実。
しかも、自分たちが便利になるために作ったはずの施設=原発
によってさらに自分達の首を絞めることになってしまっている事実。

私も大震災は経験してませんが、中震災は経験しました。

自然の驚異に対しては人間は無力。
それを否応なしに突きつけられる感じ、
数日は足の震えが止まりませんでした。


物語の中で、主人公 野田の長男が言います。
「俺達の未来を返してよ」


大人たちは、子ども達にこの社会を託していかなければなりません。
しかし、託される方はおっかなびっくりです。

こんな世界に誰がした!

と、若いころに大人に反発したくなった人は多いのではないでしょうか?
でも、私はそう思ったときにちょっと考えました・・・

自分が大人になって結婚したとき、
こんな時代に子どもを誕生させてもいいのだろうか?と、
でも、そこでもう少し考えを進めました。

確かに、今の時代を作ったのは両親の世代だ。
でも、両親の世代が祖父母の世代から受け継いだときの社会は
どうだったのか・・・

それを考えると、祖父母が両親を産んだときなんてもっと
そう思ったかもしれない・・・という気持ちになってきました。

だって、戦争でメチャクチャになったばかりの日本で・・・
ですよ。

それで、母に聞いてみました。
「こんな時代に子どもを産んでも良いのかって考えたことある?」

母は笑って答えてくれました。
「あるよ〜!でもねぇ、そんなこととは比べ物にならないものなのよ。
アンタもその時が来たらわかるが」
その余裕な態度にとても安心したのを覚えています。

そして「その時」が来て分かりました。
私は、息子をこんな危険な時代に誕生させた罪悪感なんて皆無です。

もちろん責任感はあります。
せめて息子の孫の孫の代までは、私が託すものをもって、
幸せを紡いで欲しい。
逆に言えば、それだけのモノを託せないといけないわけです。
不実なこともいっぱい残してしまうでしょう。


でもそんなこんなを考えれば、今をおろそかに出来ない。

本当におろそかにしていないのか?と問われれば
結果が出てみないと分かりませんが、
それだけ将来のことを考えながら今を生きているのは事実です。


「小説 震災後」の中では100年後なんて
自分の子どもの子どもが生きる時代だと考えれば
決して遠い未来の話ではない。

というような表現をしていました。

そういった未来の状況が今とは違っていることは確かです。
きっと良くなっている部分もあれば、
悪くなっている部分もあるでしょう。

いままでもそうであったように・・・

それでも、新しい世代は古い世代が成したことを
踏み台にしてさらにその先を創っていく。
未来を創っていく力を持っている。


私の責任は、ちゃんと祖父母や両親の世代が残してくれたモノ
のその先を行くことです。
それは先祖に対しても子孫に対しても、
今を生きる私に課せられた必須の責任だと思っています。




                      全ての物語のために









posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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