お知らせ 2019年10月1日からこのブログ
「あなたの幸せ力を引き出すストーリーセラピー【ストセラ】」は
https://storytherapy.net/
へ移行します。

こちらのseesaa版は、これまでの記事のアーカイブとして残します。
今後とも、よろしくお願いいたします。

2013年04月30日

小説「機動戦士ガンダムUC(ユニコーン)福井晴敏 著 第4巻 パラオ攻略線」 なぜ勉強するの?サル真似で終わるか今を超えるか




私が恐れているのは、「無知の知」を忘れてしまうことです。
私が残念に思うのは、「無知の知」をもっていない人を見るときです。

「無知の知」とは、たまに勘違いされている人もいるようですが、
「無知とは何ぞや?」という禅問答みたいなことではありません。

もっと簡単なこと。

「自分が知らないということを知っている」

自分にも知らないことが沢山あるということを認識しているということ。

これがあれば、人は常に謙虚でいられるし、
あらゆることから、多くを学ぼうという姿勢を持ち続けていけます。


人生は死ぬまで勉強だと思っています。
人は常に成長し続けるものですから当然です。


じゃあ、勉強ってなんなのか・・・



小説「機動戦士ガンダムUC(ユニコーン) 第4巻 パラオ攻略線」(角川書店 福井晴敏 著)


科学の進歩と共に人間の平均寿命が上がり、
増えすぎた人口は宇宙に建築されたスペースコロニーに移されるようになりました。

そして、西暦は終わり、宇宙世紀(UC)が始まります。

UC0096年、地球連邦政府と、かつて連邦に独立自治権を求め
反旗を翻したジオン公国軍の残党<袖付き>の間で続く緊張状態。
その中で、「ラプラスの箱」という秘密の箱を所持し、
その箱が開けられるとき連邦政府は転覆するという言い伝えにあやかり、
連邦から利益を引き出して富を築いたビスト財団。
そのビスト財団の宗主カーディアス・ビストが、
<袖付き>に「ラプラスの箱」を譲渡しようとしたことから始まった戦乱。

その戦乱に巻き込まれた16歳の少年バナージ・リンクスが恋したのは、
オードリー・バーン、16歳。しかし、彼女は本名ミネバ・ラオ・ザビ。
かつてのジオン公国を治めていたザビ家の忘れ形見・・・
つまりジオンのお姫様でした。

バナージやオードリーを保護した連邦の隠密部隊の戦艦ネェル・アーガマに
攻撃を仕掛けてきた<袖付き>のリーダー、フル・フロンタルを撃墜すべく、
「ラプラスの箱」の鍵であるモビルスーツ(戦闘用ロボット)ユニコーンガンダム
に乗って出撃した、バナージは、
フル・フロンタルに捕まり、ガンダムごと<袖付き>の隠れ家である、
小惑星群<パラオ>へ連れて行かれます。

ユニコーンガンダムが「ラプラスの箱」の鍵であり、
そのユニコーンガンダムの奥に眠っている本来の力が
覚醒されるごとにラプラスの在り処の座標を段階的に示す仕組みになっていること、
そして、そのユニコーンガンダムはバナージ・リンクスの生態反応にのみ
反応して動くように設定されていること、
そのプログラムを無理やり解除しようとすると、
箱の鍵としての機能そのものをリセットしてしまいかねないということ・・・

ガンダムを解析することで、そこまで突き止めたフル・フロンタルは、
ガンダムに「ラプラスの箱」の在り処を開示させるために
バナージを泳がせることにします。

一方、捕虜となったバナージは、
<袖付き>の隠密部隊ガランシエール隊
の艦長ジンネマンたちに連れられ、
戦艦ガランシエールの乗員ギルボアの家で、
ギルボアの家族と過ごすことになります。

ギルボア宅では、ギルボアの妻と息子と娘、そして、
モビルスーツの女性パイロットであるマリーダ・クルスが生活していました。

捕虜なら捕虜らしく、鉄格子のある独房などにぶち込んでくれ、
こんなところに連れてきて、味方に引き入れようなんて卑怯だと
反抗するバナージを殴りつけたジンネマン艦長は、
「お前は知ったつもりになってるだけのガキだ。勉強しろ」と言い残して去ります。
「私もマスター(艦長)から同じことを言われた」という
自分よりホンの少し年上の女性マリーダに連れられて
ギルボア邸へ入ったバナージ・・・

ギルボア家族やマリーダとの触れ合いで、敵も味方もない、
みんな同じ人間だということを嫌というほど思い知ります。

「お互いが少しずつ譲り合って、相手を理解し合えば戦争なんてなくなりそう」
とつぶやくバナージに、ギルボアの息子が言いました。
「でも、そうなったら父ちゃんの仕事がなくなっちゃうよ」

自分の知識だけの正論では誰も救えないという現実・・・
これがジンネンマンが言っていた「勉強」なのか・・・

「それでも・・・」

知識だけの知識が力を持つことはない…。知っていることとやれることは違う。
それを思い知らされ苦悶するバナージの思考を表現する文章に
次のような記述がありました。


『現状を知り、適応するためだけに学ぶ知識は知識でしかあり得ない。
その先を考え、現状に働き掛ける力を持つのが本来の“知”であり、
勉強とは考える材料を身の内に取り込む作業であったはずだ。
今を超える力、可能性--------------』
(小説「機動戦士ガンダムUC(ユニコーン) 第4巻 パラオ攻略線」 角川書店 福井晴敏 著より抜粋)



知識を詰め込んで、それをそのままアウトプットすることを
「猿真似」と言います。
猿は教わった芸を教わったとおりに実践しますからね。
そして、今ある現実に自分を合わせるために今を知るのも、
それは単なる知識でしかない。ただ知っているというだけ。
ただ社会に飼いならされているだけ。

今日よりいい明日のために、
新しいもの、新しい考え方、新しい価値を生み出すのは
人間だけが持っている創造力です。
新しいものを創り出すための材料として知識を仕入れる。

それが勉強でしょう?ということですよね。

詰め込み式の偏差値重視教育は良くないからと、
ゆとり教育が生まれました。
そして今度は、ゆとり教育では社会に出てから対応できないと、
週休二日制を廃止して、また沢山「オベンキョウ」をさせようとしています。

これは創造的な制度の見直しだといえるのでしょうか?

教育制度をつくっている大人達に創造力がなければ、
子供達の創造力を潰していくだけだというのに・・・

私も親です。1人の教育者です。
子供の創造性は大人が考える以上にたくましくて、
自ら育とう育とうと一生懸命突き上げてくるかのようです。

「〜しちゃダメ」「ああしなさい」「こうしなさい」
「そんな無駄なことしないで、こうすれば簡単でしょ!?」

いちいち口出しをして、いかがわしい「正解」を与えていくうちに、
大人が想像もしない新しい価値を生み出す創造力という「希望」を
子供たちは失っていきます。

失敗する権利が保障されれば、創造力は自ら育とうとする。

息子がそのたくましい創造力をグングン伸ばしていけるような環境を
守っていくこと、残していくことが私に課せられた親としての責任だと
ひしひしと感じます。

そのためには、親自身が創造力を鍛えて
発揮していく必要があるのでしょう。



                       全ての物語のために










posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック