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2013年04月22日

アニメ「進撃の巨人」第1話、第2話 大人が自分の失敗を認めることが教育



私は自分の幼い部分、つまりまだ自立出来ていない部分に、
未だにコンプレックスに感じているようなところがあります。

つまり、それはまだ自分の中で
解決・決着が出来てないということですね。

なぜ、そう自覚できるようになったのか?

息子が小学生にもなり、
一人前に自分の中で色々なことを考えて、
発言するようになると、
その幼さにカチンとくる瞬間があります。

まだ子供なので、幼くて当たり前なのに。

私の場合は、
家で宿題をしている息子が、
問題がわからなくて集中できないのを
人のせいにしてイライラしたりすると、
カチンとくるわけです。

「勉強なんかせんでいい!!」と怒ったこともあります。

私自身が、自分で自分の感情を制御できずに、
苦しんだ経験があり、
あるとき、感情は人から「思わされる」ものではなくて、
自分で選んでいたんだということに気付きました。

だから、自分の感情を人のせいにする姿を見ると
黙っていられなくなる。

でも、本当に私の中で、「感情の自立」というテーマが、
しっかりと決着がついていれば、
息子が大人になる過程で、どこかで気付くことを信じて、
見守ってやれるはずなんです。



アニメ「ジョジョの奇妙な冒険」が最終回してしまい、
(個人的には、一時休止でまた再開してくれるんだろうと信じたいですが)
ちょうどバトンタッチするようなタイミングで始まった
(と、言っても他局ですが)

アニメ「進撃の巨人」

原作マンガがあることは以前から知っていたんですが、
読んだことはありません。

昨年、書店で目に留まった最新刊の帯に、
「来春アニメ化決定」の告知があり、
しかも、シリーズ構成が「ジョジョの奇妙な冒険」でも
シリーズ構成と脚本を担当した、小林靖子さんとのこと。

「ジョジョ」が終わるとは思ってなかったけど楽しみにしていました。


突然現われた巨人たちに襲われた人間達。
訳もわからないまま、とにかく50メートルもの壁を作って、
巨人達が絶対入れない街の中で100年暮らしていました。

・・・という時代のお話です。


第1話で、いきなりその50メートルの壁を越えるほどの丈の、
新しい巨人が現われます。

そして、壁を崩し、街が巨人達に襲われてしまう・・・。

主人公の少年エレンは、慌てて自宅に戻りますが、
巨人達に家が崩され、母親が瓦礫に挟まって身動きがとれません。
幼馴染の少女ミカサと共になんとか助けようとしますが、
また巨人が迫ってきます。
自分はもう逃げられないからと、
子供たちに先に逃げなさいという母、

そこに、兵団のハンネスがやってきます。
助けを求めるエレンたち。

ハンネスは1度巨人に向き合いますが、
これは無理だと悟ったのか、
子供2人を抱えて逃げ出します。

エレンの視界から遠ざかっていく我が家・・・
巨人がいとも簡単に瓦礫をどけ、
母を人形のように掴み上げ、
体を引きちぎり、食べてしまいました。

エレンはその様子をしっかりと見ていました。


そして、今回の第2話。

エレンとミカサを肩に抱えて走るハンネスを止めて
狂ったように抗議するエレンに、
ハンネスは言いました。

お母さんを助けられなかったのは、
お前に力がなかったからだ。
そして、オレが巨人と戦わなかったのは
オレに勇気がなかったからだ!

ハンネスは泣きながら言いました。
悔恨の念を込めて・・・


その姿を目の当たりにして、**はわめき散らすのをやめます。


そして、その後、街を脱出し生き延びたエレンは、
「自分に力がなかったからだ」という言葉を自分自身に受け止め、
巨人達を根絶やしにすることを誓います。




もしも、エレンが狂ったようにわめきだしたときに、
「ああするしかなかったんだ、今戻ってもどうにもならない!
生きるのびるために今は逃げるんだ!わかったら黙って走れ!」
ともっともらしいことを言って
従わせようとしていたらどうなっていたでしょうか?

もしかしたら、大人の力でねじ伏せて、
そのときは言うことを聞かせられるかもしれません。

でも、きっとエレンはハンネスを恨む気持ちが先にたち、
自分の無力に目を向けることはなかったかもしれません。

あのときに、ハンネスが自分の勇気のなさを認め、
思い知り、無力感にくれる素直な姿を見せたからこそ、
エレンも、ハンネスを責めることをやめ、
いち早く自分の無力を受け入れ、
前に進もうと思えたのではないでしょうか?


もっともらしいことを言って「今は逃げるべきだ!」
と言ってしまうということは、
まだ、自分の弱さを認められていないということです。

自分に勇気がない。そう認めることで、本当の意味で前に進める。


私が、息子の人のせいにするという幼さに、
私自身の心をかき乱されるのは、
自分の中にある同じような部分が許せないからです。

教育というのは、あれをしちゃダメ、こうしなさい!
では伝わらない。

子供は、大人がどう生きるかを見ています。
見て育つ。
言い聞かされて育てられるのではありません。

大人の生きる姿から「教」わり、自ら「育」つ。
「教育」の「教」「育」はそういう意味だと思います。


私は、息子に人のせいにするな!と言うばかりではなくて、
自分の非を認め、見せるという勇気も持たないといけないんですね。

私の息子はもうすぐ第二次反抗期に入ります。

父親として、男として、大人として、
まだまだ一皮も二皮も向けないといけないんだぞ〜
と、自分に言い聞かさせているところです。



                   全ての物語のために











posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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