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2016年06月11日

ドラマ「重版出来! #9」自分の心の穴は自分で埋められる



人の恋愛話などを聞いていると、
やきもちやきの“かまってちゃん”は
男女の別なく、結構いるみたいですね。

…大人でも。

わたし自身も、若いときに
恋人が自分のいないところで
好き勝手に楽しんでいると、
嫉妬を覚えたりした経験があります。

恋人でなくても、例えば親しい友人に
別の友人を紹介したあと、
その友人同士が非常に親しくなって
自分が知らないところでも
どんどん遊ぶようになったりするとなぜか
面白くなくなったり…。

だから、“かまってちゃん”な人が
持っている感覚を全く理解できない
というわけでもないんです。

誰にとっても、誰かの特別な存在でいられることは
とてもうれしいことですし、
誰からも相手にされず、興味も持たれず
居てもいなくてもいい存在になってしまうことほど
寂しいものはありませんものね。

だから、私を見て!!俺を見て!!

と、“かまってちゃん”についついなってしまう。

でも、それだと“本当の幸せ”は
遠ざかってしまうのではないでしょうか??



次回が最終回のようですね。
DVD、ブルーレイBOXの発売が待ち遠しいです!!
もう一度、第1話からぶっ通しで見たい!!

ドラマ「重版出来!」 第9話

を観ました。

心(黒木華)が担当している売れっ子マンガ家、
「ツノひめさま」の高畑(滝藤賢一)は
またもや恋人の梨音(最上もが)の家出に
振り回されていました。

原稿の締め切りにももちろん影響が出て、
心や他の編集者、製版所まで巻き込んでいました。

なんとか今回は穴を開けずに済みますが、
心は五百旗頭(オダギリジョー)に、
毎度この調子だと担当編集者として
高畑にきちんと注意をすべきだと指摘されてしまいます。

心から観ると、いつも正しく落ち着いていて、
失敗など起こさないのではないかと思える五百旗頭。

しかしそんな五百旗頭は、
ライバル誌の「エンペラー」の副編集長・見坊(明和電機)が
高畑に引き抜きの誘いかけているところを目撃します。

それを知ってしまった五百旗頭は、
そこからどのような行動に出るべきか?
思案している間に大失敗をしてしまいます。

一方、心は、連載する作品が決まる
“連載企画決定会議”に向けて、
「ピーヴ遷移」の企画書作りに入れ込んでいました。

中田(永山絢斗)と共に、
編集長を納得させるべくネームや登場人物表を
作り上げる算段です。

幼少期からの人とのコミュニケーション不足が影響し、
人物描写が苦手だった中田でしたが、
三蔵山(小日向文世)のアシスタントたちとの関係もあり
人物描写が徐々に上達していきます。

しかし、身近にいる女性が心しかいない中田は、
理想とする女性キャラクターだけ、どうしても描けず、
頭を抱えていました。

そんな中田の苛立ちは、またもや
三蔵山の妻(千葉雅子)に向けられてしまい、
心と五百旗頭は三蔵山に呼び出されるのでした…

そんな中、「ツノひめさま」の原稿を
先の分まで完璧に仕上げて送ってきた高畑。

しかし、それは「エンペラー」での連載に向けて
高畑が準備に入ったことを意味しており、
それに気づいた五百旗頭は…。



最後まで、クオリティーを落とさずに魅せてくれそう!
これは個人的な感想なのでしょうか?
毎回、心揺さぶられています。

マンガ家は作品創りに、
編集者たちは雑誌創りに、
そして、その向こうにいる読者たちに、
本気で向き合う情熱。

前回の書店員・河さんラストシーンもそうでしたが
今回の中田伯の最後のセリフも泣きました…!!

文字どうり、命を削って作品創りに取り組む
中田伯の姿には鬼気迫るものがあります。

それは今回、“かまってちゃん”の恋人との関係と
「エンペラー」からの誘いの問題で
選択を迫られる高畑も同じでした。

そう、このドラマの面白さはそこにあります。
そこにあるのですが、今回はこの
“かまってちゃん”、梨音に注目です。

わたしも20代のころに、こういう態度を
当時の恋人にとられたことがありました。

わたしが仕事や趣味、男友達との遊びなど
ようするに恋人以外のことに夢中になっていると
「つまんな〜い」という態度で
“かまってちゃん”に豹変し、
自分をとるか、“そっち”をとるかと
試すような行動をとる…

当然、長続きするものではありませんでした。

当時は相当振り回されましたけどね(笑)

今は、わが子がたまに似たような態度をとりますが
笑って見守っています。

子どもが親にかまってほしいと思ってくれる時期なんて
本当に少しの間ですもんね。

これは、子どもだから許されることです。


問題は“かまってちゃん”な大人。

正直、わたしも妻や息子だけが楽しんで
わたしを蚊帳の外に置くような態度をとられると
非常に不愉快になります。
不機嫌になります。

でもわたしは、そんな感情は自己防衛本能だと
わかってしまっているので、
すぐにその不機嫌は自分の寂しさのせいだと
わかってしまう。

だから、視点を変えて、
寂しさを感じないで済むような思考を思いめぐらせます。

毎回100%ではないにせよ、
そんなことが、実は人並み以上にできてしまうので、
人からは“そっけない”と受け取られるようです。

本当はそれも自己防衛本能。
人一倍、さびしがり屋だから…
なんですけどね。

しかし、このような心の作用、作法は
大人なら誰でも多かれ少なかれやっていることです。

これができるから“大人”だといわれる。

寂しさを感じるなと言っているのではない。
違う視点を持って、自分を成長させればいいだけ。

“いいだけ”って簡単に言うなと怒られるかもしれません。
「そりゃあ、アンタが幸せな家庭で育ったから言えるんだ!」
という意見もあるでしょう。

それでも、自分が“かまってちゃん”になっているとしたら
そのままでは大切な人は離れていくでしょうし
自分から捨ててしまいかねない。

一番いいのは、自分も人からかまってもらえなくても
自分で楽しめることを見つけること、
没頭できるものを見つけることですが、
どうしてもそれができないという人は、
やはり自分のその感情と向き合って、
その感情の元になっている感情と向き合って
自分を癒してあげる必要があるでしょう。

その大本がわかったら、
その自分に向かって、
わたしは愛されている、誰かにとって特別な存在だし
またそうなれるから、執拗にそう思われることを
追い求めなくていいんだよって、
ちゃんと癒してあげてください。

今回のお話では、実は
“かまってちゃん”の梨音だけではなく
中田伯の心の問題も
根っこは同じところにあるのではないでしょうか?

無条件で健全な愛情(承認)を受けられていなかった経験、
そういうことが、根底にある。

でもそれは、自分で自分を助けられる種類のものです。


               全ての物語のために











posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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