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2016年08月01日

小説「花物語(ハナモノガタリ) するがデビル 西尾維新 著 講談社」その3 青春を、今ここで取り戻す方法


あまり褒められた行為ではない。
良い行いではない。いや、良くないだけじゃなくて
悪いんじゃないのか?

別に誰も困ってないし…まあ、いいか。

そんな風に一瞬だけ違和感は感じるものの
面倒なのでスルーして、スルーしたことすらもう
忘れてしまっている。

そういうことってありませんか?

わたしはいっぱいある…ような気がします。

「こんなことにいちいち関わっていたら
時間がいくらあっても足らないや」

と、放っておく。というか、もう無視する。
なかったこと、みなかったこと、知らなかったことにする。

具体的にはどんなことでしょう…

う〜ん。わたし自身も忘れていることですから
思いだせないけど、
知らなかったことにせず、そこで考え始めると、
きっと、周囲が「まじめだね〜」「考え過ぎだよ〜」
ともの好き扱いされそうなことだと思います。

例えば、廊下に落ちているゴミを
自分が捨てたものじゃないから関係ないと
スルーするときの、微かな罪悪感、背徳感。
そういうものと向き合うか向き合わないか…

ということなのでしょう。



息子が夏休みに入ってから
わたしが休めた最初の日曜。
奮発して朝からスパリゾートに出かけて、お金がない!
非常に困っています!!

小説「花物語(ハナモノガタリ) するがデビル」
西尾維新 著 講談社


神原駿河が語りべとなる異色作。

女子高生の間でうわさになっているという
「悪魔様」の特徴を聞いて、
もしかして自分が寝ている間に
左腕の「悪魔の腕」が悪さをしている可能性を
疑っていた神原。

阿良々木先輩の妹、ファイヤーシスターズの
阿良々木火憐ちゃんに聞いて
「悪魔様」に会いに行きます。

そこにいたのは、かつて、
中学生時代にバスケットボールで
ライバル校のライバル選手だった、
沼地蠟花(ぬまちろうか)でした。

足を怪我して引退後、
リハビリのために受験も捨てて
フリーターをしているという沼地が、
「悪魔様」として、女子高生たちの悩みを聞き
「絶対に」解決しているというのです・・・



神原はかつてのライバルと向き合うことで
また、自分と向き合い始めます。

大好きな戦場ヶ原先輩や阿良々木先輩たち。
そういう人たちがいなくなって
寂しさの中で、沼地の問題を通して“青春”する。

「悪魔様」を名乗り、人の不幸話を集めるのが
沼地の目的だと知った神原。

それは、決して褒められたことではなく
かといって結果的には悩みを聞いてもらった方も
悩みが“解決”している…

誰も困っていない…。

自分はどうすればいいのか?
誰も困っていないなら
何もする必要はないのか?

悩んでいる神原のもとに阿良々木くんが現れます。

「誰も困ってないてのは、嘘だ」
「少なくともひとり、お前が困っている」
「そしてそれは、お前が動く理由に、十分なるんだ。
お前が困っているのは、お前にとって何よりの重大事件なんだぜ」
(P230より抜粋して引用、改行はブログ筆者による)

その言葉を聞いて、
神原は周囲の意見に惑わされることをやめ、
自分の感じ方に素直に従うことを決めました。

なんかモヤモヤするけど、ま、いいか。

とスルーしてしまいそうな“感じ”と、
向き合って格闘することを選んだんですね。

その結果、ライバルの魂を浄化するこになるのか?

詳細は読んで頂くとして、
最後に阿良々木くんが言うように
確かに神原のその一連の経験は“青春”でした。

十代で、そういう感覚と本気で向き合うことが
青春なのでしょう。

神原は“見てられないから”と、沼地と対峙します。

友情とも言えてしまいそうな行為。

くさい、ウザい、おせっかいと言われても仕方ないけど
“見てられない”

でもそこから、本気のぶつかり合いができる。

青春時代にその神原の思いをスルーしていたら、
きっと大人になってもそのスルーする癖は続きます。

結局は気づくべき大切な問題から
目をそむけて、スルーしてなんとなく生きる大人になってしまう。

身に覚えのある人は多いはずです。
わたしもその一人です。

でも、「マジメか!?」なんて突っ込んで笑い物にしていないで
それがマジメなことだと感じる心があるなら
その心と向き合ってみた方が、人生はずっと面白いと思います。

やり過ごすよりも、向き合う方が味わえるのが人生。

今ここからでも、青春時代に置き忘れたものは取り戻せる。

妙に悟ったふりするより、子供見たに「なんで?」
って感覚にしっかり耳を傾けて向き合って
“青春”していけばいいんじゃないでしょうか?



                    全ての物語のために











posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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