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2016年07月28日

小説「花物語(ハナモノガタリ) するがデビル 西尾維新 著 講談社」その2 自分が何を欲している人間か。それわかってる?



わたしは、しょっちゅう道に迷います。

ああ、いきなりこんな書き方をすると
「方向音痴なんだな」って思われますね。

違います。いや、違わない部分もありますが、
そういう意味ではありません。

人生という道に、しょっちゅう迷っている。

つまり、自分を見失うわけです。

本当は、青春時代にいっぱいいっぱい迷って
社会に出るころには、

「俺はこうなるんだ!!」

って、ブレないものを持っているのが理想でしょう。
せめて、社会に出て揉まれながら
20代か、遅くても30代前半には、
そういうブレないものを形成していくべきでしょう。

それができている人は、みんなしっかりと
頑張っています。

わたしは40代ですが、同級生たちを見ても
ほとんどがそうやって立派になっています。

しかし、わたしはブレまくっています。
少なくとも、今はそう感じます。

なぜでしょう、オカシイ…。
ずっとずっと、
「やりたいことがハッキリしていて羨ましい」
と言われていたのです。

自分でも、ブレない軸に従って、
自分の思いに従って生きているつもりでいました。

でも、みんながそんなブレない軸を形成しつつある中で
わたしは、自分のブレない“はず”の軸に
徐々に徐々に、疑問を持ち始めたのです。

「お前、ひょっとしてコレ、勘違いだったんじゃね〜の?」

こんなこと、思うのって、
思っているってことを認めるのって、
滅茶苦茶、勇気が要ります。

でも、誰も代わってくれないから、
自分で進んでいくしかありません。

誰かに助けを求めても、
最後は自分の決断で進むしかない。



今、息子は小学6年生でこのシリーズにハマッています。
ハマッているのはアニメのほうですが、ランドセルには
常に1冊小説を入れていて、ちょびりちょびりと
活字に慣れようとしているようです。
中高生向けの青春小説シリーズです。
今は、飽きてしまっても、数年の間に、再び興味を持って
できれば思春期を終える前に一度は読破して欲しいと願っています。

小説「花物語(ハナモノガタリ) するがデビル」
西尾維新 著 講談社


ほぼ出版順に読んでいます。

シリーズの中でも異色の番外編。

もしかしたら、これから読む作品の中にも
そういったものがあるのかもしれませんが、
ひとまず現時点ではそう感じます。

シリーズの主人公、阿良々木暦くんが
脇にまわって、主役&語り部が、
阿良々木くんの後輩の神原駿河。

阿良々木くんたちが卒業して、
神原が3年生になったところから始まる物語。

しかし、クライマックス前と、クライマックス後には
しっかりと阿良々木くんも登場して
物語を絞めてくれます。

いつも、阿良々木くんが悩みながら
問題にぶつかっていって、
周囲の人たちの言葉が彼に示唆をくれるように
今回は、主人公・神原駿河にいろいろな示唆をくれる
周囲の人に阿良々木くんがいる。

とくにそのキーパーソンとしている。
そういう構造になています。



十代の少年少女に向けて書かれている
青春小説に40歳を過ぎた大人が
自分を投影するように学びなおしているのも
お恥ずかしい話ですが、
幼児向けの絵本からでも学べるものはあるのですから
「ま、いっか」と一生懸命読みふけっています。

この作品の最後に、神原駿河と阿良々木くんが
対話をしているシーンで阿良々木くんのセリフから
わたし自身に問いかけてしまうものがありました。

「願いなんて、叶っても叶わなくてもいいんだよ。
願いは自分で叶えるもので、だから叶わないかもしれないけれど、
しかしたぶん、願いを願うことそれ自体に、もう既に価値があるんだろ」
「願うこと――それ自体に?」
「ああ。手に入るかどうかはともかくとして、
自分が何を願う奴なのかってことは、知っておいたほうがいいだろうよ。
何を欲しいと思い、どうなりたいと思う、どんな奴なのか――
それを知っておかないと、あっさり道に迷っちまうぜ」
(P264より引用、改行はブログ筆者による)


わたしはずっと、自分が何を望んでいるのか、
わかっているつもりでした。

10代後半〜30代前半前までは、
妄信して、猛進していました。

いいや、正確に言うと、20代後半からは、
信じている軸の中で迷っている…
という迷いはありました。

そうこうしているうちに、その軸すら正しいのかどうか、
迷うことが多くなった…

なんだか、そんな感覚です。

わたしは2足のワラジを選びました。

自分の夢…だと思っていた映画監督への道。
そして、生活を安定させるための職。

仕事である以上、生活のための仕事でも
腰掛け気分でやるわけにはいきません。

経験や年齢に応じた未熟さはあるにせよ、
その時その時で真剣に向き合ってきた自負はあります。

しかし、そんなことをしていると、
自分が本当にやりたかったことを見失いやしないか?

そんな危険性は最初からわかっていたことなので
とても気にしていました。気を使っていました。


気を使って、自分をチェックしていました。

自分をできるだけ客観的に見て、
自分が今どこにいて、どこに向かおうとしているのか
それを見失わないようにしていた…

はずだったのです。

そんな中で、夢の形が変わってきたりもしました。
それはそれで全然問題なかった。

むしろ、映画監督でなくても自分の夢は叶えられる。
叶えた夢の本質を掴んだような、
そんな手ごたえすら感じたほどです。

職業映画監督が夢ではなくなった。

それはそれで、何の問題もない。

では、今、何が問題なのか?

熱です。熱量。

歳をとって情熱が枯れた…。

そんな風に表現する人も中にはいるかもしれませんが
わたし自身は、そういう解釈では腑に落ちない。

むしろ現状に、非常に憤りを感じています。
アッツアツです。マグマがグツグツ、ボコボコ
煮えたぎっているのはわかります。

ただ、その熱量が何の抵抗もなく
どこかにスルーして抜けていく感覚。

ヤバイです。
ハッキリ言って、これってめちゃくちゃヤバくないか?
って思っています。

自分の熱を注ぎたい方向が定まらなくて
定まらな過ぎて全方位に、
しかも自分すら見えていないところで
熱量がダダ漏れしています。

使えないまま、エネルギーが捨てられていきます。

40歳にして何を青春時代みたいなことを言っているんだ?
と恥ずかしくなりますが、恥ずかしくなるくらい
これは危機感を持っていいことなのでしょう。

もう、とっくの昔に同世代の人たちは
掴んでいるものを、まだ掴めていない感覚。

阿良々木くんの言うとおりです。

自分が、何を欲しいと思い、どうなりたいと思う、
どんな奴なのか――

それを見失っている状態ですよね。

でも、迷子になったら焦りは禁物。
自分の欲求ですから。

こういう時こそ、自分とじっくり対話していかなきゃ。


                    全ての物語のために











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posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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