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2016年12月13日

小説「終物語(オワリモノガタリ) 中 しのぶメイル 西尾維新 著 講談社」その5 思春期と読書とあなた



わたしの息子は少し前までは
活字を読みませんでした。

もう見るだけで拒絶反応といった感じだったのです。

「活字離れ」

なんて言葉が出始めて、
もう何年…?何十年?経ったでしょうか?

大人の人でも本を読むということが
習慣となっている人は少ないのが実情でしょう。

少し前の息子の言い分を聞くと
大人も子供も関係なく、活字離れしている人にとっては
共感できるものでしょう。

「字ィばっかりやけん、面白くない」

(笑)

“現在は”読書家のわたしの感覚は
これとは真逆です。

白地の紙に印刷された活字の羅列に“萌える!”

活字離れしている人には理解できないと思います(笑)

もう、ここまで来ると、余白と活字部分のバランスを
一つのデザインとしてとらえてしまいます。

書店で本と手に取ってパラパラとめくって
買うか買わないかの判断基準には
余白と活字部分のバランスのみならず、
紙質や紙とインクの香りでページをめくり
活字を負う“官能”が得られるかどうか?

が、とても重要なポイントになる。

内容が読みたいものであるのは
もちろん大前提ですけどね。

でも、ここまで来ると、冷静に考えたら
読書家って“変態チック”に見えるかも?

そんなわたしも、高校卒業直前、
受験シーズンに新幹線に長時間乗ることで
読書を勧められるというチャンスがくるまでは
マンガばかり読んでいて、活字本を見ると
「うわっ!字ぃばっかり!」と
拒絶反応を起こしていました。

今になってつくづく思いますが、
心の発達、情緒の成長に関して言えば
読書というのは非常に重要だと思います。

特に現代人のように忙しい毎日を送っていて
自分や他社の“心の成長”に思いを割く余裕がない
人たちには、とても重要でまた手頃で、
そして、なにより楽しいものでもある。

そして“心の成長”といえば、やはり思春期です。
わたしは、高校卒業間近…ぎりぎり思春期でした。

あなたは、活字離れの人ですか?活字変態の人ですか?(笑)



便秘と下痢を繰り返すわたしの健康な体(?)
妻も救急車を呼ぼうかと本気で心配するほどの、
そして、わたしも苦しくて鼻血が出るほどの
強烈なものがあるのですが、それを心配してくれる
義父が教えてくれた、腸にいい体勢を寝る前に
数分とりながら、それも読書の時間です。

小説「終物語(オワリモノガタリ)」
中巻 「しのぶメイル」 西尾維新 著 講談社


少しずつ読み進めています。

北白蛇神社で臥煙伊豆湖と落ち合った
阿良々木くん、忍野忍、神原駿河の三人。

神原駿河の叔母にあたる臥煙さんは
自分の正体を神原に知らせたくなかったので
忍野伊豆湖と名乗ります。

忍の名づけ親、怪異のオーソリティーにして
臥煙さんの後輩、忍野メメの…
あろうことか、妹だとしれっと嘘をつく臥煙伊豆湖。

彼女は一通り、現在街に起きている怪異について
説明をしたあと、助っ人と落ち合う約束があると
阿良々木くんに食事代を渡して一旦去ります。

昼間の北白蛇神社ならひとまず大丈夫。
ということで、とくに阿良々木くんも昼間なら
神社を出ても大丈夫だろうということで
一人で食事を買いに街に降りる阿良々木くん。

彼はそこで、意図せぬ相手に遭遇します…

そして、なんとか神社に戻ったとき、
彼の目の前で繰り広げられていた光景は…!?



忍野忍というのは金髪金眼の少女です。
見た目は少女、実は600年近く生きてきた
怪異の王、吸血鬼。
吸血鬼の中の吸血鬼、
鉄血にして熱血にして冷血の、本名(?)
キスショット・アセロラオリオン・ハート・アンダーブレード。

目を見張るような大人の美女だった彼女が
春休み阿良々木くんに一度助けられたことで
阿良々木くんの血を吸い吸血鬼の眷属としてしまいます。
そして、その阿良々木くんと戦うことになり
また阿良々木くんの選択に助けられ、
阿良々木くんは“ほぼ”人間に戻り、
彼女はその吸血鬼性をほぼ抑えられ、
主従が逆転し、今は阿良々木くんを“わがあるじ様”と
呼ぶようになっています。

彼女はずっと独りで生きてきた吸血鬼でしたが
阿良々木くんはその生涯で二人目の眷属でした。

つまり、もう一人、過去に一度だけ眷属をつくった。
それが四百年前。それも日本人でした。

その一人目の眷属は、妖怪退治の専門化。
そんな彼を運命のいたずらで吸血鬼化させます。
妖怪退治の専門家が妖怪と化す…
その“一人目”は、自ら太陽の下に身をさらし
“自殺”をしてしまったと言います。

そう…、今回のお話の冒頭で、
阿良々木くんと神原を襲った鎧武者…
あれこそ、その一人目が復活した姿だったのです。

しかも臥煙さんの説明ではまだ復活“し始め”た姿。

彼は、キスショットと会おうとしている。
そして、彼が作った怪異殺しの妖刀を取り返し
キスショットの眷属に返り咲こうとしている。

もともと、忍=キスショットは世界を滅ぼすほどの
力を持っている怪異の王です。
その二人が組むと、キスショットも本来の力が
復活します。そうなると臥煙さんや忍野たち
怪異の専門家たちは、今のように“無害認定”
をでいなくなる。

だから、今晩のうちに、“一人目”を退治する。

という状況にいるわけです。

眷属、従僕、主…
などと言いながらも、阿良々木くんは
忍が明日死ぬなら自分の命も明日まででいい
なんて言っています。

人間同士の恋愛関係とは全く違う感覚でしょうが
忍もなんだかんだ言いながら
阿良々木くんを慕っているようです。

忍やその眷属にとっては、
この関係は主従関係よりもどこか
パートナーに近いもの、
“愛”に近いものでもあるようです。

しかし、一人目が忍に会うために四百年の時を経て
蘇ったということを聞いた忍は、
彼に会う気がありません。
臥煙さんや阿良々木くんに任せようとして、
自分はおとなしくしていようと思っているんですね。

阿良々木くんが買い物から神社に戻ってみると
吸血鬼幼女が神原を押し倒し馬乗りになって
神原の頭を潰してやろうとでもするように
つかみかかっていました。

阿良々木くんは何が起こったのかと
近寄ろうとしますが、二人に気づかれる前に
茂みに引っ張り込まれます。

引っ張り込んだのは式神少女の斧乃木余接ちゃん。
斧乃木ちゃんが来たときには状況は
そうなっていたと言い、二人で様子を見守ることに…

ここからは、このお話の中盤のクライマックス。
神原の男前な体当たりの真っ当さ、圧巻です。

阿良々木くんが居なくなったことで
神原が忍に一人目と合うべきだという
意見を言ったようです。

17歳の女子高生、神原駿河と
600歳近い、見た目幼女の忍野忍の
気迫と感情のこもった長い対話が繰り広げられます。

ほんの一部だけ神原のセリフの部分を引用します。

「言えばいいだろ。言えよ。言え。
四百年がかりで生き返ってくるような愛情は、重いって。
正直引くって。阿良ヶ木先輩と仲良くやっているところに、
今さら生き返って来られても困るって。
もう思い出になっていることを、蒸し返されてもウザいって。
ぐいぐいくる感じがキモいって。お前の気持ちは迷惑だって――
そのまま死んでればよかったって。
言えよ。それが言えないんだったら――」
主人だのあるじだの口にするな。
孤高でもなければ、高潔でもない。
君はただの人見知りだ――と。
(P247から抜粋、改行はブログ筆者による)


ここだけ読んでも、この二人のやり取りの迫力は
なかなか伝わらないでしょう。

そこは、ぜひいつかあなたが読む日がくることを
楽しみにするとして、

ここに出てくる一人目、二人目の“眷属”が
たとえば“前の彼氏”“今の彼氏”だったらどうでしょう?
“元夫”“現夫”だったら??

神原は、いろいろと理屈をつけて
一人目にあ等としない忍ちゃんに物申したわけです。

神原のまっすぐさで、忍ちゃんがついている
“自分への嘘”に気づかせようとしている。

青春ですよね?

わたしはこの「物語シリーズ」を
現在12歳、これから思春期に突入していく
息子への“父親推薦図書”として
わたしの本棚に並べています。

これまでも、彼が活字に慣れるように、
いろいろな本を買ってみました。

興味を引きそうなものをと思っても
なかなか興味を示してくれませんでした。

ならばせめてとマンガから始めたのですが
妻が提案した「ドラゴンボール」は一気に読破。

わたしのほうは相変わらず活字本にこだわりました。
ただ、マンガがOKならと、絵本や絵が多い本なら
アリとして
「かき氷の魔法―世界一短いサクセスストーリー」
(藤井孝一 著 幻冬舎)
を買って持って帰ると、一気に読破。

自分で仕事とお金を作り出すサクセスストーリーに
引き込まれたようでした。

やはり、興味さえあれば読める。
そこで、どんな本なら読んでみたいか?
息子に聞いてみたときに出てきた答えが
この「物語シリーズ」でした。

学校の友達の間で流行っているとか
そういうことは一切なく、
TSUTAYA店頭でアニメの予告編VTRを見て
彼のセンスでハマッた作品。

このお話の本なら、「字ィばっかり」でも読んでみたい。
…と。

そこで、まずはわたしが実際に読んでみることにしました。
シリーズのカバー(というか箱ですが)には
「100%趣味で書かれた」などと謳っていたりします。

それが、読んでみると本当に言葉を知っている作家さんの
言葉遊びの妙から、会話のテンポ、対話お面白さに
ぐいぐい引き込まれ、笑いながら、心打たれている。

わたしの息子は、わたしがこの本を揃えていることの
理由をよく理解しています。

「これは、自分と向き合うお話だから」

一冊目を読んだときに、これはわたしが買って
揃えてやろうと決めました。
ただ、買ってやるというと、無言の“読め”という
プレッシャーになって、読みたくなくなる可能性もある。

だから、「父が買うね。中学・高校生になって
君が読みたくなったら自由にとって読めばいいし、
そのときはもう自分のものにしてもいいから」
と伝えています。

そう、このシリーズは、思春期の少年少女が
自分と向き合う物語なんですね。

それは、思春期に誰もが通る道です。

そして、大人としての人間形成のための
土台を構築していく。

でも、それは土台であって完成形ではありません。
自分と向き合わなければならないのは
大人になってもずっとずっと続くことです。

思春期はその始まりに過ぎない。

この「物語シリーズ」は物語という
人間が発明した至高の“構造”の力を
引き出しまくっている。

息子がここから活字に慣れてくれればいい
というだけではなく、自分の心と向き合うことを
のきっかけに「物語シリーズ」が
なってくれればいいと願っているんですね。

きっとこれは成功する。
という気が理由もなくしています。

とか思っていると、今彼のランドセルには
常にお気に入りの「憑物語(ツキモノガタリ)」が
入っていて、たま〜に本を開くこともあるようです。

神原が忍に全身全霊で訴えるメッセージは
大人のわたしの心も揺さぶりました。

忍ちゃんは五百うん十歳(笑)
思春期とは到底言えませんが、
17歳の少女に、自分と向き合えと
自分の心の真実を叩きつけられます。

わたしたち現実の世界の大人も
子どもや若い人たちに本心を見透かされたり
気づかされたりすることはありますよね。

大人の“悪い頑固さ”で自分を覆って
守りを固めていなければ、
気づきの瞬間はたくさんあります。

本を読むこと。それも、活字だけで
イメージは自分の中で作る「字ィばっかり」
の本。

とくに小説などの物語は、
自分と向き合うために作られた人間の発明品として
“宝物級”だと思います。

だから、わたしはぜひとも息子にも
この喜びを味わってほしいんですね。

もちろん、あなたにも。


                全ての物語のために






















posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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