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2016年12月29日

小説「終物語(オワリモノガタリ) 下 まよいヘル 西尾維新 著 講談社」その2 つくりものの世界の生きた言葉



自分の胸に腕を突っ込んで魂の玉を取り出す。
超人たちがそうやって死んだり生き返ったりする。

わたしが小学三、四年生のころ流行った
「キン肉マン」の中で描かれた描写です。

その描写を見て、自分たち現実の人間が
死んでも生き返ることができるなんて
勘違いをしたことなんて一度もありません。

命はこの人生、たった一度きりのもの…
アニメやマンガと現実の違いは
しっかりと意識して認識していた記憶があります。

「ああ、これはアニメの世界のことだな」
と言葉にしてリアルに自分の中で
確認した記憶がはっきりとあるんですね。

だから、マンガやアニメ、ゲームが
命に対する現実的な尊さを学ぶ弊害になる…
なんて論調には賛同できません。

したくない。

ただ、一方で、生きている意味がないなんて
自分で命を絶つ子供が実際にいる現実は
残念極まりない。

そんな世の中をなんとかするなんて
大それたことは言えなくても
一人でもそういう子は減らしたいし、
自分の子にもそんな選択はして欲しくない。

だから、やっぱりここはずっと考えて
生きていくことになるんだろうなと思っています。



さすがに総決算とあって、また、アニメにもなっていない
初めて知る物語というのもあって、読むスピードが
かなり上がりました…

小説「終物語(オワリモノガタリ)」
下巻 「まよいヘル」 西尾維新 著 講談社


のみならず、全エピソード読破しました。

春休みの吸血鬼との遭遇、
一学期、戦場ヶ原との出会い…

などなど、この一年のはじまりを
再現されたような阿鼻地獄を
八九寺真宵に案内されながら
ついていく阿良々木くん。

八九寺はある人物の代理できていました。

そしてそのある人物から
敵の正体を教えられた阿良々木くんは
現世へと戻ることになるのですが…

つまり生き返ることになるのですが、
この瞬間に、またこれ、
とんでもないことをとっさにやらかしてしまう
阿良々木くん。

生き返ると臥煙伊豆湖に殺されてから
一分と絶っていませんでした。

そこで待っていたのはもちろん
臥煙さん、そして阿良々木くんが
死んでしまったことで彼の影と呪縛から
開放されて完全体として復活してしまった
キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレード。

臥煙さんは、阿良々木くんのミラクル加減に
呆れながらも、感心するのでした…
そして言います。

「反撃開始だ」と…



(笑)もう、あらすじもアラ過ぎますね。

でも、ここをネタバレするのは
まだ読んでいない人にとっては野暮だろう
と思うんですよね。

でも、出来るだけ紹介したい!!!

だからどうしてもこういうバランスになっちゃう。
ご勘弁ください。

さて、こんかい阿良々木くんが
地獄に落ちたところから話しが始まって
生き返って現世に戻るところで一話目の
「まよいヘル」が終わります。

地獄に落ちたときに阿良々木くんはふと思います。

死んだ後に地獄があることも
逆に天国があるということも、
現世を生きることへの真剣みを
削ぐことになるんじゃないか?

みたいなことを…

なるほどわからなくもないですね。
実際、現世が苦しいから
別な世界に行きたいみたいな感覚で
死んでしまう人もいるのかもしれません。

誰だって生きていれば
死んじゃったほうがラクかな…
なんて思ったことはあるでしょう。

本当に死んじゃいたいと思ったことが
ある人だって決して少なくないはずです。

わたしの経験から言えば
死ぬことを考える時は別世界に行きたい
なんて認識もなく、ただ存在そのものを消したい
ただ消えたい。ただ無くなりたい。
ゼロになりたい。

どうでしょう?違いますか?
死んで天国生きたいなんてメルヘンなことを
考えているうちは本当に死にたいなんて
思っていない気がするというのは
結局今は前向きに生きれている甘ちゃんの
感想でしょうか?

この第一幕「まよいヘル」のクライマックスで
語りべである阿良々木くんは地の部分で
このような表現をします。

 地獄があろうと天国があろうと。
 生きる意味は決して、なくなったりしない。
(P124より引用)


これは生きた言葉ですよね。

このお話は文学や文壇という世界から見たら
軽く見られるライトノベル、ラノベなんて言われる
軽視されているジャンルの小説です。

高校生が妖怪変化に遭遇し
萌えキャラとして読者たちを楽しませる
現実にはあり得ないマンガのようなお話です。

エンターテインメントというよりエンタメ、
エンタメというよりサブカル、
サブカルというよりアキバ系…

みたいな、とられかたもされていて
不思議でもないものです。
わたしもそんな偏見を持っていました
(ゴメンナサイ…)

アキバ系であることに誇りを持っている人には
失礼な言い方かもしれませんが、
ここまできたら軽視というより
作品としてはバーチャルな世界の
悪い部分をまき散らす弊害みたいな
扱いをされたりもする。

でもそのアキバ系の人たちも喜ぶような
萌え系エンタメの部分は
“生きた言葉を活かすためのもてなし”
純然たるエンターテインメントであり、
エンターテインメントだからこそ
本当に言葉が生きるんですよね。

難しい顔して(…してないけど)
こんなブログを書いている自分が恥ずかしくなるくらい、
エンターテインメントとして物語を紡ぎ
言葉に魂を起こす、言霊使いには叶いません。

天国があろうが地獄があろうが
生きる意味は無くなりはしない。

全ては今ここにある。

どこまでも、真っ当な作品です。
わたしたちは、自分の命の重さを実感して、
子どもたちがそれを分かるように育てていく。

いや、子どもたちは分かっている。
わかるように育ってくれる力を持って生きている。

わたしの息子はまだ小さい頃、
言葉を覚えたか覚えていないかのころに
妻が指に切り傷を作って少し血が出たのを見て
「ハハがしむ〜」と泣きだしました。

取り返しのつかなさを本能で感じたのでしょう。
傷つくことの怖さを知っていた。

学んだというより知っていたという感じです。

だから、子どもたちは大人が変なことをしなければ
真っ当に当たり前に知っている。

子どもたちが生きる意味を感じられなくなるのは
大人たちの責任なのでしょう。

子どもを産んでいようがいまいが関係ない
全大人にその責任を突きつけて余りあるほど
大きな責任だと思いますね。

世界をもっと面白くして魅せろ!

               全ての物語のために







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posted by ストーリーセラピスト at 08:45| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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