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2016年11月12日

小説「終物語(オワリモノガタリ) 上  そだちロスト 西尾維新 著 講談社」その3 自分の心をいじめずに鍛えよう




期待しないようにしよう。

わたしがラクに生きるコツとして
物事に期待をしないという方法を
思いついたのは小学生のころでした。

きっかけは全く覚えていないけど、
「ああ、期待するからガッカリしちゃうんだ。
じゃあ、ガッカリしないように
初めから期待なんかしなきゃいいじゃん!」

と、気づいたときの感覚は憶えています。

結構、冷めた部分がある
小学生だったのかもしれません。

しかし、いつから考えが変わったのか
憶えていませんが、
大学生のころになると、

「期待しないなんてつまらない!
例えガッカリすることになったとしても
結果が出るまでワクワクの時間を過ごせるなら
期待した方が得じゃないか!!」

という意見に変わっていました。

180度違う意見(笑)

どっちもわたしらしくて、
今振り返っても笑ってしまいます。



「クビキリサイクル」に浮気して、その後
暫く実用書ばかり読んでいたため
ラストの部分だけ読み残して放置していました。
中巻に進みたくてちゃんと読破しました。

小説「終物語(オワリモノガタリ)」 上巻 「そだちロスト」
西尾維新 著 講談社


老倉育と自分の関係を思いだした阿良々木 暦くん。

思い出したというよりは、
周囲に言われて気づいたというのか…

とにかく高校1年のときも
中学のときも、小学生のときも、
老倉とは向き合ってこなかった阿良々木くんは
今度こそ彼女と向き合う覚悟で
羽川とともに老倉の住む部屋を訪れたのですが…。



ラストで、老倉の母親の失踪の謎が解けます。
羽川翼ちゃんと忍野扇ちゃんに
何百というヒントを浴びせかけられて
やっと事の真相に気づいた阿良々木くんが
老倉育と向き合う。

真相を聞いた老倉は「やっぱり」と力なく言いました。
その反応を観た阿良々木くんは思います。

 やっぱり。
 それが彼女の、人生の感想。
(P375 より引用)

老倉は両親の家庭内暴力のせいで
虐待を受けたり、幸せとは縁遠い
子ども時代を生きてきた少女です。

そして、何かに期待をしたこともあったのでしょうが
それはことごとく裏切られてきた。

だから、「ああ、またか」「やっぱりね」
となってしまっても当然。

人や自分を取り巻く状況に
何かを期待しないという心の在り方は
自分を守る術として持っていて当然。


これもやはり自己防衛本能。
がっかりする…失望する…。

これは精神的にとても負担のかかることです。
だから、そのショックを避けるために
「期待したってどうせダメだろう」
と思っておけば、良くない結果が出たときに
「ほら、やっぱりね」と思える。

ショックを抑えることができる。
そういう心のテクニック自体は
悪いことだとは思いません。

でも、これだと、もし良い結果が出たとき
どうなるのでしょうか?
素直に喜べるのでしょうか?

素直に喜べるうちはまだ良いかもしれません。

しかし、生き方、在り方の軸が「期待しない」
に染まってしまうと、
例え良い結果が出ても
「どうせ、すぐに終わるし…終わったら寂しいから、
あまり喜ばないようにしよう…ほら、やっぱりもう終わった」
という寂しい感じ方しかできなくなりますよね。

学生の頃のわたしはそういう冷めた生き方が
嫌だったのでしょう。

反動で「めいっぱい期待して、熱く厚く期待して、
心底楽しんで、良い結果なら心の底から喜んで、
悪い結果もどど〜んと受けてやるぜ!!」

と生きこんでいたんですね。

これはこれで、今でも悪くは無い発想だと思っています。

例えば人生が2時間の映画だったとして、
最後は必ず死ぬとしましょう。

あと2時間の命。

だったらどうせ2時間で死ぬんだし
期待したってつまらない、ホラやっぱり死ぬ。

という2時間よりも、
一分一秒を魂の底から楽しめば
奇蹟が起こって運命が変わるかもしれない!
と活き活きと1時間59分59秒を生きて、
「ダメだった!仕方ねぇ!」と最後の1秒で死んじゃう。

どっちの2時間が幸せに過ごした2時間か?

と考えると、わたしは明らかに後者だと思いました。

いわゆるプラス思考というやつですね。

今、振り返るとそのときは若かった
ということになるのでしょうか?

いや、成長過程ということなのでしょうね。

今は、どちらも悪くない。
時と場合によって使い分ける…あるいは、
どちらも同時にやる。

いい具合に混ざり合うことで、
“あるがまま”を受けとめることができるように
なってきているし、良い方も悪い方も
しっかりと味わいつくせる自分を目指そうと思えている。

もちろん良いことが多い人生を目指すことも忘れませんが。

ダメだったときにガッカリして
再起不能になったって次に進めないと意味ないし、
ダメさも知らないと良さも感じられない。

だからどっちもあるがまま受け止めて
感じつくしてより良くを目指していく。

それが、幸せへの道で有ると同時に
幸せそのものなんだと今は思えます。


            全ての物語のために










posted by ストーリーセラピスト at 09:35| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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