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2016年09月16日

小説「終物語(オワリモノガタリ) 上 そだちリドル 西尾維新 著 講談社」歩み寄って関係を良くする心の行動



人とのイザコザが起こるとき、
いわれのない嫌疑をかけられて
困ることがあります。

そんなつもりはなかったのに…

でも、相手がそう受け取ったのなら
それは相手にとっては嘘でもなんでもなく
単なる事実です。

少なくとも相手はそう思っている。

そこで、馬鹿じゃね〜の!
とそっぽ向くか、向き合って誤解を解き
硬直した関係を解きほぐそうと努めるか?

お互いの大人度で、そこは違ってくるでしょう。

でも、人と向き合うとは腹を割って話すということ。

腹を割って話すと、もちろん相容れない部分が出てくる。
まったく同じ価値観を持った人間がいない以上、
相容れない部分がでるのは必然。

自分の信じるもの、信念。

自分の信念を持つのは大切ですが、
せっかく腹を割って話そうと向き合うのに
その信念によってまた仲たがいをするのでは
元の木阿弥…

そこで求められる大人しさとはどんなことなのでしょう?



息子の活字慣れをもくろんで、彼が読んでみたいと
思っている活字本ということで一応チェックのつもりで
読んでみたライトノベル。
親の自分がハマッて夏休み中にシリーズ全て読破!
と張り切っていましたが、調べていくとまだまだ先があるようで…
時間もですが、お財布事情でペースダウン中です。

小説「終物語(オワリモノガタリ)」 上巻
第2話 「そだちリドル」


を読みました。

「終物語(オワリモノガタリ)」は上巻、中巻、下巻
とあるようで、上巻は
「おうぎフォーミュラ」「そだちリドル」「そだちロスト」
の三話構成となっています。

忍野扇というキャラクターが怪しくて、
かつ、老倉育というキャラクターもなかなか
ハードな背景を持つ少女で、
これまでになくシリアスでダークな雰囲気が
漂っています。

第一話の「おうぎフォーミュラ」は
一年生の忍野扇ちゃんが二年生の神原駿河に
連れられて三年生の阿良々木くんの教室を訪ねます。

阿良々木くんと扇ちゃんの初対面シーン。
忍野忍の姪だと言う扇ちゃんにお願いされ
校舎のなぞを探るべく付いていくと、
阿良々木くんと扇ちゃんの二人は
あるはずのない教室に閉じ込められてしまいます。

そこは二年前、阿良々木くんが一年生のときの
彼の教室でした。
一年生の時に何があったのか?
「友達を作ると人間強度が下がる」と阿良々木くんが
友達を作らなくなったキッカケと
その事件に関わり不登校となった老倉育の記憶が
紐解かれていきました。

そして翌日、阿良々木くんが
三年生の自分の教室に登校すると、
委員長・羽川翼が教室に入れてくれません。
なんと、老倉が登校してきているというのです。

そこからが第二話、「そだちリドル」
一年生の頃からなぜか阿良々木くんを
毛嫌いしていた老倉。
阿良々木くんが羽川を諭して教室に入ると
阿良々木くんの席に座っている老倉。

「私はお前が嫌いだ」
「私が嫌いなのは、幸せの理由を知らない奴。
自分がどうして幸せなのか、考えようともしない奴」
「自力で沸騰したと思っている水が嫌い」
「人は誰かに助けてもらわなきゃ幸せになれない
そんなこともわからない馬鹿が、嫌いで嫌いで死にそうだ」
「お前は何も覚えていないのよ 阿良々木。
自分が何でできているかを知らないの」

その日から、また阿良々木くんが
忘れていた過去を思い出す調査が始まります。



ミステリー色の強い作品でした。

阿良々木くんを因縁浅からぬ老倉が待っている
教室に入れてしまっていいものか?
きちんと確認をしておこうと思った委員長・羽川が
阿良々木くんに確認するように言いました。

「老倉さんのほうではまだわだかまりがあるなかもしれないけれど、
阿良々木くんがもう全然気にしてないって言うんだったら、
歩み寄ることもできるはずだよね」
(P157より引用。改行はブログ筆者による)

・・・

どうでしょう?

さらりと言う羽川のセリフですが、
仏のレベルでとても難しいことが書いてありますよね。

しかし、人とのイザコザを回避したり、
関係を修復したり、よりよい関係に昇華させたり…

良い人間関係を築くのにとても
大切な心の在り方を、羽川が語っています。

「阿良々木くんがもう全然気にしてないって言うんだったら、
歩み寄ることもできるはずだよね」

全然気にしていないのなら、歩み寄ることもできる…

そう、そのはずです。

阿良々木くんはなぜ自分がそんなに老倉に嫌われているのか?
ほとんど何も覚えていません。

だから老倉の言い方は彼にとっては
身に覚えのない恨みをかっている…
とも言えるのですが、
老倉の言い分を聞いていると、どうも
その覚えていないということがそもそも
老倉を怒らせているようです。

この先は、第三話「そだちロスト」まで、
阿良々木くんが思い出を思い出し、
徐々に、老倉に歩み寄っていく物語…なのですが、
いやはや前途多難。

言われの無い疑いをかけられたり
なぜか嫌われたり恨まれたり…

なんでそんなに怒ってんだよ…

という攻撃を受けると、身構えてこちらも
怒りの感情で武装する。

怒りは自己防衛本能ですから、
こういうときこそ野生の本能でそんなふうに
臨戦態勢にはいるのは動物として当然のことです。

しかしわたしたち人間は社会を作って発展させてきました。

人と人が協力し合って生きて行くコミュニティを作り
人を信じ、心を通わせながら生きると言う、
野性を超える力を手にしてきたんですよね。

だから、野生の動物としては当然のことであっても
その野性を超えて見せなければならない。

ここで怒りで武装し、やりあったら野性です。
つまり社会を構築できない社会不適合者。

「全然気にしてないのなら歩み寄れる」

つまり相手の怒りに対する自分の怒りを治め、
相手を「許す」という“心の行動”をとる。
それが「全然気にしない」という境地です。

ここから先の阿良々木くんの“大人度”は見事で見モノです。

十代でここまでの情緒を身につけられなかった
こどものままの大人は、
あらためて成長するために、自分と向き合うために
自分と向き合う思春期を、この阿良々木くんや
周囲の登場人物の成長とともにやり直してみるのも
悪くないと思います。


                   全ての物語のために







ラベル:小説 終物語 オワリモノガタリ そだちリドル 西尾維新 講談社 歩み寄って関係を良くする心の行動 いわれのない嫌疑 人とのイザコザ そんなつもりはなかったのに… それは相手にとって 単なる事実 そっぽ向くか、向き合って誤解を解き 大人度 腹を割って話す 相容れない部分 自分の信念を持つのは大切 信念によってまた仲たがいをするのでは 元の木阿弥 求められる大人しさとはどんなことなのでしょう? 第2話 おうぎフォーミュラ そだちロスト 忍野扇 老倉育 阿良々木 羽川翼 自力で沸騰したと思っている水が嫌い 自分が何でできているかを知らないの 老倉さんのほうではまだわだかまりがあるなかもしれないけれど、 阿良々木くんがもう全然気にしてないって言うんだったら、 歩み寄ることもできるはずだよね 全然気にしてない 歩み寄る 攻撃を受けると、身構えて 怒りの感情で武装する 怒りは自己防衛本能 野生の本能 臨戦態勢 動物として当然のこと 人間は社会を作って発展させて 野性を超える力を手にしてきた 野生の動物としては当然のことであっても その野性を超えて見せなければ 社会を構築できない社会不適合者 という“心の行動”をとる ここから先の阿良々木くんの“大人度”は見事で見モノ 十代でここまでの情緒を身につけられなかった こどものままの大人 自分と向き合う思春期を 登場人物の成長とともにやり直してみるのも 悪くない
posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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