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2016年07月15日

小説「猫物語(ネコモノガタリ) 黒 つばさファミリー&白 つばさタイガー 西尾維新 著 講談社」本当に大事な大事な大事な視点、メタ認知



セックス・ピストルズのボーカル
ジョニー・ロットンことジョン・ライドン。

「NO FUTURE ノー・フューチャー」という
ドキュメンタリーDVDの日本版の特典映像に
DVD発売当時(2000年)の彼のインタビューがあります。

日本のDVD制作スタッフが、
日本のために直接本人に会いに行き、
インタビューしているもの。

わたしはこの映像を見て、
初めてセックス・ピストルズを意識し、
ジョン・ライドンに興味を持ちました。

セックス・ピストルズというと、
シド・ヴィシャスの破滅的な印象を
強く持っている方も多いでしょうが、
ジョン・ライドンは創造のための破壊のイメージ。

シド=セックス・ピストルズのイメージは
マネージャーのマルコムが作ったもので
ジョンはそれに批判的でした。

日本のDVDではジョンにだけインタビューをした。
しかし、そのインタビューでジョンは言います。
本当はあっちの意見も聞かないと公平じゃないと…

メタ認知能力という言葉があります。
自分を客観的に観る能力のことです。

高い視点で自分を観る。
ジョン・ライドンという人はきっとその能力の高い人でしょう。
主観と客観の違いを分かっている。

公平に描くのなら
こっちの正しさだけではなく、
あっちの正しさも聞くべきだよね
ということを知っている。

わたしがこのインタビューを観ていて、
ちょっと恥ずかしくなるほど真摯な態度のジョン。

わたしもこうありたいなと思います。



今回は記事タイトルに「その3」とつけていません。
2冊を同時に俯瞰して見えてくるものなので…

小説「猫物語(ネコモノガタリ) 黒 つばさファミリー」
小説「猫物語(ネコモノガタリ) 白 つばさタイガー」
共に、西尾維新 著 講談社


シリーズ2冊目「化物語(バケモノガタリ) 下」の中の
最終話、「つばさキャット」の前後談にあたる物語。

眼鏡の優等生、委員長の中の委員長、
気持ち悪いくらいの善性をもつ女子高生、
羽川翼が自分を見つめて素敵に成長していく
素敵な怪異譚。

羽川が15年間溜めてきた家庭環境へのストレスを
障り猫という怪異によって表出させる「つばさファミリー」。

羽川の阿良々木くんへの秘めなくてはならなくなった
片思いがストレスとなり障り猫を復活させた「つばさキャット」。

そしてシリーズ中初、阿良々木くんの視点ではなく
羽川の視点で描かれる異色作。阿良々木不在の中、
羽川が阿良々木くん以外のいろいろな人との関係の中で
自分自身と向き合ってこれまでのストレスと決着をつける
「つばさタイガー」。

時系列で言えばそうなりますが、
「つばさ」シリーズとしては、
真ん中のお話にあたる「キャット」が一作目。

それを挟んで前後のお話「ファミリー」「タイガー」が
二作目と三作目で、この二冊は続けて出されたようです。

だから上巻・下巻のように“黒”“白”で対をなしている。



なので、二冊で一つという見方ができるのも
当然と言えば当然ですね。

「ファミリー」は羽川の暗黒面、黒い羽川登場。
「タイガー」は白無垢すぎる白、白々しいくらい潔白の白。
で黒巻・白巻としっかりとタイトルと中身も連動してます。

「黒 つばさファミリー」では
阿良々木くんが主人公です。

羽川への思いが恋なのか思い悩み。
羽川は自分に助けなんて求めていない…
と拒絶され傷つきます。

そんな阿良々木くんに、最後に忍野メメが言います

「助けてって言わなきゃ、助けを求めたことにならないわけでもないだろう?」
(P304 より引用)


わたしにも非常に思い当たる節がありますが、
人に「助けて」というのがとても難しいことがあります。

わたしの場合はむずかしい“こと”があると言えるけど、
“どんな場合でも助けてと言えない人”もいます。

いずれにせよ、本来は助けが必要であるにも関わらず
一人で背負いこんでしまうと…
とにかく、危険ですよね、いろんな意味で。

だから、大切な人が苦しんでいたら、
助けを求められなくても助けてやったっていいんじゃないか?
というものの見方もある。

でも、西尾維新さんはそれだけを解答にはしません。

続く「白 つばさタイガー」では主人公の羽川が
クラスメイトで阿良々木くんの恋人である
戦場ヶ原ひたぎに問われます

「羽川さん、阿良々木くんに『助けて』っていったこと、ある?」
(P36より引用)


ふっと投げかけられた羽川への問いは
彼女の問題の本質をついていたようで、
また別の記事で取り上げますが、
羽川自身が“こてんぱん”にやられたと認めた
阿良々木くんのお母さんの言葉によって
成長へ向けてズイっと背中を押されます。


「助けて」と言わなきゃ助けを求めてることにならないわけじゃない
というのを周囲が知っておくことと



当人が、「助けて」って、自ら言うこと

は、

どっちが大事ということではなくて、
どっちも同じだけ大事なことなんだと思います。

だからこれは阿良々木くんと羽川が
それぞれに主人公である必要があったし
対にもなっている物語でもあるのだと思います。

「助けて」と声に出せない人にも、
「助けて」と言われなきゃ助けられない人にも、
どっちの人にも響く物語です。

西尾維新さんもきっと、
そうとう高い視点を持っている方なんだと思います。
一冊読むだけでもそのスマートさ、クールさ、
ユーモアなどは伝わってきますが
それだけではなく、大きな視点で物事をとらえて、
きっと自分のことも俯瞰して観ていて
だからこそ絶妙に真っ当な物語を描いて魅せる。

高い高いメタ認知能力の持ち主なのだろうなと思います。

例えば一昨日の記事で、わたしは
「どんな瞬間も過去の結果であり、未来への過程である」


と書きました。

「結果が大事」という空気が強すぎることを揶揄していますが
だからと言って「結果よりも過程が大事」というのも違う。

どっちか派ではないということです。
どちもバランス良く大事だと言う事。

ひとりひとりがそういうバランスを持って成長していかなきゃね
ということ。

わたしはアマノジャクですから、
「過程が大事」なんて言いながら結果に責任を取らない人にも
「結果が大事」なんて言いながら人の頑張りを踏みにじる人にも
同意できません。

それは、結局自分を守りたい自己防衛本能からくる
反発心です。反骨精神でもない。幼稚な感触。

でも、メタ認知はきっともっと高い視点で
高い精神と思考なんだろうな。

素晴らしい物語に触れて、
作家という一人の人間性と、わたしという一人の人間性の差を
見せ付けられたような錯覚を起こすと、
メタ認知どころか、モロに嫉妬心が芽生えます。


あ〜恥ずかしや〜


                 全ての物語のために

















posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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