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2017年01月19日

小説「永遠のディーバ 君たちに明日はない4 #3 永遠のディーバ 垣根涼介 著 新潮社」好きと才能の他に大切なモノとは【後編】



結局結論を書くことはしません。

この小説は、見事に言葉にして
表現してくれていますが、
その表現をここで引用したって意味がない。

あなたがその作品を読み、
その物語の中で、あなた自身がその言葉に
触れたときに感じたものが答えだからです。

このブログをやっているジレンマです。

このジレンマが、映画や脚本を書いていない、
創作をしていないとはいえ、
表現そのものをやめるわけではないこと、
何かしらの形でやり続けていることの
理由のひとつなのかもしれません。

でも、こんなふうにその道の一握りの
ブレイクスルーした人たちと
その他大勢の人たちとの違いを
明確にわかりやすく言葉で言い表し
その言葉の意味を正確に受け手に届けるための
物語をつむいでしまえるって…

やっぱり作家って凄いな…と唸りました。



第2話も取り上げたいのですが、
昨日の「愚物語(オロカモノガタリ)」に続くテーマ
なので、第3話を先に取り上げさせてください。

小説「永遠のディーバ 君たちに明日はない4」
第3話「永遠のディーバ」 垣根涼介 著 新潮社


を読みました。

リストラ面接官・村上真介。
彼が今回担当したのはハヤマ。
世界屈指の楽器メーカーで在りながら
ハヤマ発動機…エンジンやバイクのメーカーとして
知られている大企業です。

かつて、ロッコン=ロックコンテストで
準優勝した経験がある飯塚正樹、四十六歳。
管弦打事業部第三課の課長。

バンド活動でいいところまで行ったのに
プロにはなりきれず、サラリーマンをしている男。

真介もかつてプロのバイクレーサーに
なろうとして断念した経験を持っています。

正樹は真介との面談…自分がリストラ候補になる
ということから、音楽に対する自分の思いと
向き合うことになります。

未だ、自分の中でくすぶっているその思い。
言いかえれば、中途半端な覚悟のまま
煮え切らないまま、彼は仕事をしていたのです。

人には好かれているが彼の課は
彼なりに頑張っているのに不調。

正樹自信の思いは、ロッコンのころの
ある出会いがフックになって思い出されていきます。

それは同じロッコンに九州代表として
出場していた女性歌手で…



なんともまあ、これもまた
自分を見せ付けられているようで
非常に人ごととは思えないお話でした。

シリーズ中最も人ごとではなかったかも…

真介もレーサーの道を断念して
サラリーマンになりました。

他にもサッカー選手を目指して
断念した人や正樹のように
ミュージシャンを目指していたのに
サラリーマンをやっている人が出てきます。

突き抜けるためには
才能や技術だけではない何かがが必要…

その何かとは何なのか?

それが、正樹がロッコンで出会った女性や
真介を追い抜いていったライダーたち、
サッカーをやっていた人物が叶わなかった相手、
そういった人たちとの対比で
浮き彫りになっていきます。

三十五歳の真介が四十六歳の正樹を
面接しながらイライラしている描写が出てきて
身につまされました。

わたしもどれだけの人を同じように
イライラさせてきたことか。

わたし自身も分かっていなかった。
正直読みながらもわたしは言葉に出来なかった。

その何かがなんなのか?

それはもちろんここでは書けませんね。
是非、必要だと思う人は読んでみてください。

わたしは読んで良かった。
とても腑に落ちました。

今この物語に出会ったのはとても大きな意味があった。
たぶん、今じゃないとわからなかった。

それは必然だったんだと思えます。
いまこんなブログをやっているのと
同じくらい必然だった。

ロバート・ロドリゲス監督の「ハリウッド頂上作戦」
という本の中でロドリゲス監督は
映画監督を目指しながらもプロデューサーや
評論家になっていってしまう人を
残念な人たちのような言い方で表現しました。

もちろん、監督志望者を元気づけるための本なので
あの本でのあの表現が間違っているとは思いません。
わたしもそれで鼓舞されていた1人でしたから。

でも、今は思います。
監督を目指しながらも叶えられずに
評論家になった人、プロデューサーになった人たちの中には
「これぞ自分の進むべき道だった」と
心から思えている人もいることでしょう。

自分がどう在れば、自分が一番納得するのか?

やりたくないことばかりではなく
余計な憧れや倫理観なんかも取っ払って
そういった余った肉を削ぎ落して削ぎ落しつくしたときに
見えてくる自分のカタチ…

そこに沿った生き方。

自己実現とはそういうことなのでしょう。

もっともっと、わたしは自分の思いを信じて
やれるところまでやっていきたいと思います。


             全ての物語のために










posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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