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2017年02月07日

小説「永遠のディーバ 君たちに明日はない4 #2 ノー・エクスキューズ」自分の生活を安定させたい社会人のために


終身雇用神話が崩れたのは
バブル崩壊の直後でした。

社会の大企業神話も一緒に終わっていた…
つもりだったのですが、
わたしが気に食わないのは、
いまだにフツフツと大企業神話を
盛り返そうとする集団的無意識の気配を
社会の“空気”の中に感じることがあるということです。

正社員として働いていた人がリストラにあい
「やっぱり安定した職に就きたいから」
と正社員の面接を受けていた映像を見て
ショックを受けたことがありました。

正社員→リストラ

を身をもって経験した人の意識が
「正社員=安定」だったのですから
人の意識の変わらなさに愕然としたのです。

わたしは思い出すたびに憤慨してしまいます。
残念で仕方がないのでしょうね。

それと同じで、「大企業=安定」という無意識も
さすがにいい加減捨てないと、
被害者意識を持った
無自覚加害者になってしまいませんかね?

そういう、わたしたち一人ひとりによって
社会は成り立っているわけですから、
現実が見えていない、妄想を持って
現実の社会が繰り広げられるという
危険な現象が起こりかねない…

とくに、小さな会社が吸収合併を繰り返して
外面だけ大きくなっていったような
いびつな構造の“大企業”に務めながら
「俺たちの会社も大きくなったなあ」なんて
思っているようなら、危険極まりないですよね。



大好きな小説のシリーズ。
毎回リストラ面接の場面が見せ場の小説ですが、
今回のお話は主人公がリストラ面接をしません。
それだけに印象深いお話で、忘れる前に紹介
しておきたいと思います。

小説「永遠のディーバ 君たちに明日はない4」
第2話 「ノー・エクスキューズ」


を読みました。

リストラ面接官の真介が
課長に昇進していました。

何かしら仕事に対して思うところがある真介。

そんな様子を見ていた社長の高橋が
個人的な付き合いのある友人たちとの
飲み会に真介を誘います。

社長について行った居酒屋には、
山三という證券会社の元社員だった二人の
おじさんが待っていました。

彼らの会話で高橋の過去が語られます。

高橋は実家の会社の人員整理をした経験があり
その実績を買われて山三のリストラに関わり
二人はその時に高橋がリストラ面接をした
もと社員でした。

誰かがクビを切らないといけないなら
出来るだけ解雇になる人間のダメージを少なくしたい。
会社との間にワンクッションをおいて、少なくとも
自分が長年いた会社を直接恨むような状況を
すこしでも避けたい。

そんな思いで高橋は今のヒューマンリアクトを
立ち上げたのでした…



高橋や、二人のおじさんたちの
リストラ面接当時やその後の話を聞く真介は
次第に自分の中にモヤモヤと持っていたものを
言葉にして理解できるようになっていくようでした。

後日恋人ととの食事のときに質問された真介が
答えます。

「自分が所属する企業に、ブランドや
優越意識を感じる時代は終わったってこと?」
「時代のせいじゃない。元々そんなもの感じていることに、
なんの実質もなかったってことかなあ」
真介は思いつくままに答えた。
「ようはさ、どんな企業に勤めてどんな役職になっているか
っていうことより、そこでやっている仕事の、
自分にとっての意味のほうが大事なんじゃないかなって」
(P100より引用、改行はブログ筆者による)


自分にとっての意味というのは、
出発点だと思います。

スキルにしたって、その人固有の“売り”にしたって
“会社で通用するもの”と“社会で通用するもの”
は違います。

特に、分業化がさらに細分化された
大企業なんかに務めていると
社会的な自分の価値を確かめる機会なんて
よっぽど意識してつくらないと持つことができません。

ただ生活のため、食べていくために
仕事をしているのも寂しい話ですが、

自分の社会的価値を、勤め先の大きさと
混同してステータスもどきを感じていたり、
自分の能力だと勘違いしているほうが、
生活のため、食べるために必死で仕事している人より
ずっとずっと危険極まりない気がします。

必死で食べるために働いている人は
信用や信頼というもの大切さを学ぶ機会がある
“現場”にいることが多い。

しかし、ホワイトカラーでかつ大企業の
最高責任者ではなく、現場でもない。
中間にいる人たち。

その人たちの中には、こんな時代に
自分の身は安定の上にあると無意識に
思っている人が未だにいるんですよね。

その地盤が崩れても本来被害者意識なんて
持つ権利はないわけですよ。

だってその地盤だったのが
自分たちの意識なんですから。

スカスカの意識で地盤を作ってきておいて
崩れたら社会情勢のせいにする。
その社会情勢を構成してきた自分が、
加害者であることをわかっていない。

そんなことをやっていても幸せなんて
遠いだけですよね。

ノー・エクスキューズ
言い訳なし

自分の人生は自分のもの。

それがわかっているか?
わたしも自分に問いかけると、正直怖くなります。
でも、自分の責任に気づかず人ばかり責める
そんな見苦しい自分になるほうがもっと怖い。

生殺与奪の権利くらいは自分でしっかりと
掴みたいですね。


               全ての物語のために








posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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