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2016年08月28日

小説「暦物語(コヨミモノガタリ) #3 こよみサンド 西尾維新 著 講談社」道が道ではなくなるとき、人生ではなくなるとき



わたしは夢の諦め方がわかりません。

専業映画監督という夢は諦めました。
でも、映画を作りたいとか、物語に携わりたいとか、
物語によって人が幸せになっていくところに
関わっていたいとか…

そういう欲求はなくならない。

つまりその一手段であった
専業としての、職業としての映画監督は
諦めましたが、大きな意味でのわたしの夢は
いまだ飽くことなく実践中なわけです。

このブログを読んでくださっているあなたが
その目撃者でもあります。

この大きな意味での夢を諦めろと言われても
諦めようがないし、
結局お金が無いころから(今もたいしてありませんが)
無理してでもやってきたことです。

なぜかやってしまうことです。

だから辞めようがない。

ここを辞めたら…辞めろというなら
わたしにとっては「生きるな」と言われているのと同じ。

もうそれは人生と言えるのか?
と大げさではなく、本気で感じてしまいます。

人生とは?と聞かれたら
それは「人生です」と答える。
ただ生きることだと。

でも、立ち止まるなら、前に進むことを
諦めるなら、それはもう人生とは言えなくなるのかも。



小説もテレビシリーズも映画も「物語シリーズ」ばかりに
なってきつつあるこのブログ。もうストーリーセラピーならぬ
物語シリーズセラピーと改題した方がいいんじゃないか?
と思いつつ、ファイナルシーズンではありますが、
もうしばらくこのシリーズは続くようです…

小説「暦物語(コヨミモノガタリ)」  西尾維新 著 講談社
第3話 「こよみサンド」


を読みました。

六月中旬、忍野メメが町を去って数日後。

阿良々木くんは八九寺真宵から
ある公園の砂場の怪についての話を聞かされます。

その公園の砂場が、毎晩、
鬼の顔のような模様を浮かび上がらせる
というのです。

昼間は子どもたちが遊んでいるはずだが
夜になると前夜と同じ模様になる…と。

阿良々木くんは真夜中の公園へと出向き、
事の真相を確かめようとします…。



一話ずつ、それそのものは怪異とまではいかないけど
怪異かもしれない不可解なことが取り上げられる
短編集のような作りになっています。

阿良々木くんが高校三年生になった
四月にスタートし、毎話、ひと月ずつ進み
ラストの話「こよみデッド」…デッド!?
が明くる年の三月。

これまでの物語シリーズのお話の合間にあった
小エピソード集のようです。

ただし、阿良々木くんが一貫して
「道=人生」について考えるという
一貫したテーマでつながっているようでもあります。

八九寺真宵は小学生の幽霊です。
道に迷ったまま事故に会ってしまい
道に迷い続けている地縛霊。

そんな八九寺と親友になってしまった
阿良々木くんが八九寺に
八九寺にとっての道とはなにか?
と問いかけた時の八九寺の返答が印象的でした。

「歩く場所、それだけですけど」
「どこかとどこかをつなぐ場所」
「この道はどういう道だろうとか、どこに続いているんだろうとか、
不安定な道で今にも崩れそうだとか、他の道に移りたいとか、
そういうことを考えるのは構いませんけれど――
それでも、ひとつだけやっちゃあいけないことがあるんです。
それをやったら、やった瞬間に、
道が道ではなくなってしまうというタブーが」
(P92より一部抜粋して引用、改行はブログ筆者による)

そのタブーとはなんだと阿良々木くんが訊くと
「立ち止まることです」と答えまました。


時々立ち止まって考えたり、休んだりすることを
言っているのではないでしょう。
「行き止まりのことを道とは言わない」
という発言もありました。

つまり彼女のいう、「立ち止まる」とは
「諦め」的な意味を言っているのでしょう。

これは非常によくわかります。

人生を諦めたらそれこそ終わり、
自殺などはもう論外ですが、
たとえ生きていたとしても、
諦めているのは言わば生きる屍。

生きている…とは言い難い状態ですよね。
夢は諦めてもいいと思っています。
新しい夢を持てばいい。
それは一瞬一瞬を楽しく生きるんだということでもいい。

でも、もう人生に何も期待しない。
とういのは自分で行き止まりにした道。
道が道ではなくなっていますよね。
人生が人生とは言い難くなっている。

そのような人生観をもっていると、
たとえ素敵なことが周りで起こっていても
もう、その人の解釈が素敵なこととして受け取らない。
むしろマイナスに受け取りかねない。

短編集だからといって、決して軽く書かれてはいない。
これまで通り、楽しく面白く、
示唆に富んだ素晴らしいライトノベルですね〜



                  全ての物語のために












posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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