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2017年01月18日

小説「愚物語(オロカモノガタリ) #3 つきひアンドゥ 西尾維新 著 講談社」好きと才能の他に大切なモノとは【前編】



答えがないことに挑むのは難しいし面倒です。

そう、しんどいこともあるけど、
しんどいというよりは面倒というほうが
わたしの場合はしっくりくる。

でも、答えが出ないから止めるんじゃあ
なにも終わらせられないし
始まりもしないかもしれない。

全てのことに答えを出せなんて
思っていません。

「やってる場合か!?」

と思ったらぼんぼん手放す。

人生には嫌いなことをやっている時間なんてない。

特に、自分がどうあれば一番いいのか?

その答えを瞬時に出せない人は
本能で直感的にそれを選び取れる人には
スピードでかなわないわけですから尚更です。

でも、自分をしることがまた面倒なんですよね。

さて、どうクリアしていきましょうかね?



文芸コーナーにある作品とライトノベルコーナーにある作品を
並列で取り上げるのは不思議な塩梅だなと思いますが、
そもそも“小説”をジャンル分けし過ぎだとも思います。
でもそのお陰でこの不思議な塩梅を楽しめるともいえるのか。
明日は同じテーマで「君たちに明日はない4」を取り上げます。

小説「愚物語(オロカモノガタリ)」
第3話「つきひアンドゥ」 西尾維新 著 講談社


阿良々木くんが大学生になり、
小さいほうの妹、月火ちゃんは
中学三年生になりました。

未だ、月火ちゃんのぬいぐるみとして
阿良々木家に居候を続けている
式神少女の斧乃木余継ちゃん。

阿良々木くんの監視という任務と
「正義そのものだよ」と自負する本人すらも知らない
怪異そのものである月火ちゃんの監視、
という任務も遂行中なのかもしれません。

今回の語りべはその斧乃木ちゃん。
怪異本人が語りべです。

阿良々木くん以外の人の前では
完全にぬいぐるみと化している月火斧乃木ちゃん。

その日、月火ちゃんが登校したあと
家にだれもいなくなると斧乃木ちゃんは
いつものように自由にします。

そして大好きなハーゲンダッツのカップアイス
を開けてフタぺろぺろしていると…

登校途中に、学校に行く気をなくして
月火ちゃんが突如戻ってきます。

ドアが開いて、とっさにアイスを放り投げて
人形に戻ったのですが時すでに遅し…。

月火ちゃんの厳しい追及からは逃れられず
動ける人形を演じることに…
しかし、正体をバラすわけにもいかず
咄嗟に嘘の理由をでっち上げます。

それから、その嘘を月火ちゃんに信じ込ませ
また人形に戻るための“隠蔽工作”に
奔走するのですが…



いわば、ドタバタ劇でしょうか?
斧乃木ちゃんが無感情、無表情で常にクール
(を装っている)というキャラクターなのが
逆にドタバタ感に一ひねり加わって
楽しくもありドキドキもしながら一気に読みました。

その斧乃木ちゃんが“隠蔽工作”のために
月火ちゃんの幼馴染、千石撫子に
協力を仰ぐというシーンがあります。

月火ちゃんと同じ中学三年生ですが、
二年生の秋から冬にかけて、
周囲が見ている自分と、本当の自分との狭間で
大きな葛藤を経験し、阿良々木くんを
殺しかけた千石ちゃん。

詐欺師の“命がけの失敗”もあり
自分と向き合えた彼女は、
月火ちゃんの助けも借りながら、
せっせと家にこもってマンガを描いていました。

大事だったけどずっと胸にしまっていたもの。
恥ずかしくてもその夢と向き合い始めた千石。
しかし、賞に応募しても見向きもされないようです。
今のところ…

そんな千石は斧乃木ちゃんに言いました。

「世の中が甘くないことが、嬉しい」

その千石の言葉を聞いての斧乃木ちゃんの思考が
地の部分で描かれます。
 
 生き甲斐――って奴なんだろう。
 楽しくなければ努力なんてできないって言いが
あるけれども、向かい風という適度な抵抗があってこそ、
飛行機は空を飛べるわけで、何もかもが思い通りの
甘やかされ人生じゃあ、自分が生きているのか、
それとも夢を見ているだけなのか、わけがわからなく
なってしまう。
 どんな恵まれた人生を送ろうとも――
大金持ちの子供に生まれようとも、才気溢れる
頭脳や肉体を持っていたとしても、
それでも人間がみな等しく、
何らかの不満や不安を抱えながらぐちぐち
生きるのは、単に欲深いからじゃあなくって、
そういう不満や不安がないと、
生きている実感がないからなのかもしれない。
 だから――生き甲斐を求める。
 人生に適度な難度を求める。
(P267~268、抜粋して引用、改行はブログ筆者による)


シリーズの最初の作品「化物語(バケモノガタリ)」
では、個人的に一番嫌いだったキャラクターが
この千石撫子です。

未熟さが際立っていた。
まだ中学二年生の子供ですから当たり前です。

でも、シリーズを読み進めて、「囮物語(オトリモノガタリ)」
「恋物語(コイモノガタリ)」で自分のズルさ愚かさに
追いつめられるように崩壊し、ギリギリのところで
自分と向き合う彼女の様子を読みながら、
わたしは自分の中にある自分の嫌いな部分と
千石撫子が嫌いな部分が同じだから
特別に嫌いだったんだと気づきました。

その彼女が中学三年生にして今や
「世の中が甘くないことが、嬉しい」
ですよ。

おいて行かれた気分です(笑)

そんな風に思える自分で在りつづけようと
日々、踏ん張っている気でいる自分自身を
ひとっ跳びで追い抜かれた気分です。

その千石の言葉の気分は斧乃木ちゃんが
非常にわかりやすく解説しています。

問題は、こう思える自分になれること
こう思える自分でいられること
こう思える自分でい続けられること
そして…

その先のブレイクスルーに必要なモノがある。

ということそれは明日の記事で書きますが、
今回はまず、こう思える自分になれること。

そこに立てないと始まらない。

「ドラゴンボール」の孫悟空が、
自分より強い相手に出会うと「わくわくすっぞぉ!」
と言います。あの境地…とまではいかずとも
人生の難易度を受け止めて前に進む
スタートラインへ立つ。

その姿勢。

実は、先に言ってしまうと、わたしは
思い切り背中を見せて逆に走ってもいい
とも思っています。
嫌な徹底的に逃げてもいい。

でもどっちに進もうともスタートラインです。
問題はどちらにも進む覚悟が持てないこと。

それは結局、自分がどうなりたいのか?
が見えていないから起こること、
なんだと思います。

極端な話、何もしたくないならそれもいい。
何もせずに生きていきたいという明確なビジョンがある。
あとは何もせずに生きていくにはどうするか?
という方法を考えて実行する。

それがスタートラインから進み始めるということでしょう。

自分が何が嫌で、どんな状態なら良いのか?
本当の意味でです。

ただそれをも考えることから逃げていると
以前の千石のように追いつめられる。

だから、逃げたらいけないのはまず
自分を知ること、知ろうとすること。

もちろんそんなのは、最初はおぼろげにしか見えません。
なんとなく琴線に触れる方向性に
向かってみて失敗をしながら軌道修正をしていく。

そういうものでしょう。

それって非常に難しいことです。
言われたことだけやるほうがず〜っと楽です。

たぶん、「世の中が甘くないことが、嬉しい」
という境地に立つには、自分を知ることの喜びを知る
必要があると思っています。

それは、自分が思っていた以上にやれるんだ
という喜びにつながっていく。

この繰り返し。

これが積み重なった時に、
いつの間にかその境地に立っているものなんだと思います。

ゲームを楽しめるのなら、誰だって持っている感覚です。


              全ての物語のために










posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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