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2017年01月10日

小説「愚物語(オロカモノガタリ) #2 するがボーンヘッド 西尾維新 著 講談社」自分の意味で頑張れ



家族のために頑張っています。

夫だから、父親だから、
それは当然のことだと思っています。

でも、家族のために
自分の夢や、自分の幸せを犠牲にするつもりは
まったくありません。

現実的に、まったく犠牲にせずにやれているか?
と問われれば、「まったくとは言えない」
と答えざるをえませんが、
でもその犠牲は、妻も息子も同じこと。

兄弟がいる家庭なら、一人っ子の家よりも
もっともっとそれぞれの犠牲は増えるでしょう。

でもそれは、幸せの範囲に含まれる犠牲です。

わたしが自分の夢や、自分の幸せを犠牲にしないのも
実は、家族のためでもあります。

特に息子には、自分が幸せになることは
大人の責任だということを
身をもって息子に示したくてやっている。

そういう部分が強い。

でも、それって、まだまだってことですよね。

家族を、自分が頑張る口実にするなよ
って話です。

自分が頑張るのは自分のため。
自分のために頑張ることやその結果を
家族が喜んでくれる。
分かち合ってくれる。

そういう順番でないと、本末転倒ですよね。



小学生の息子の冬休みが終わりました。
息子の冬休み期間中、わたしにとっては
クリスマスから始まる年末年始シーズン。
約二週間…家族三人でゆっくりできた
いい年末年始でした。妻と息子の存在
そのものに感謝です。

小説「愚物語(オロカモノガタリ)」
第二話 「するがボーンヘッド」 西尾維新 著 講談社


を読みました。

今回の主人公であり語りべは
高校三年生になった神原駿河です。

神原は、大きなお日本屋敷のような家に住んでいます。

お金の使い方が尋常でない彼女は
片づけが下手で、すぐに部屋が
足の踏み場もないような状態になります。

高校二年生のときに、大好きだった
戦場ヶ原先輩と付き合いだして
自分よりも親しくなった阿良々木先輩に
嫉妬して彼に暴力をふるったのがきっかけで
阿良々木先輩に部屋を見られて以来…

見るに見かねた阿良々木先輩は
定期的に神原の部屋を
片付けに来てくれていました。

しかし今回神原は高校を卒業してからも
片づけに来てくれていた阿良々木先輩に
片づけ方について口出しするようなことを
言ってしまい、阿良々木先輩を怒らせて
しまったようです。

阿良々木先輩に連絡しても返事をくれなくなり
元気にふるまいながらも本当な泣きたいくらいの
神原駿河。

成長した姿を写メにして送れば
阿良々木先輩も機嫌を直してくれるのではと、
自力で部屋の片づけ始めるのですが、
床を埋めつくす物の中から、過去、処分したはずの
怪異の元レイニーデヴィル、
悪魔の左手のミイラが見つかります。

神原が困惑していると突如背中から声をかける
学ラン姿の後輩、忍野扇“くん”。

扇くんと片づけを再開すると…
そこには神原の亡き母、臥煙遠江が残したと
思われるメッセージのようなものが…。



第一話「そだちフィアスコ」が
老倉育の内面を描ききっていて、それだけに
非常に重くもあったぶん、
神原のキャラクターもあって、だいぶ読みやすいです。

時期としては、神原が三年生になった四月の話、
「花物語(ハナモノガタリ)」より後のお話です。

レイニーデヴィル、ミイラ化した悪魔の左手は
神原の亡き母、臥煙遠江が神原に託した
怪異です。

命と引き換えに願いを三つ叶える。
願いはその人間の心の内に潜む願い。
神原は二年生の五月ごろ阿良々木先輩に
嫉妬したときからそのレイニーデヴィルを
左腕に宿していていつも包帯で隠していました。

三年生になった4月に、中学時代の
バスケットボールでのライバルと再開したとき
その左手からレイニーデヴィルが離れ、
そのミイラは阿良々木先輩の影に潜む
元吸血鬼の幼女、怪異殺しの忍野忍が食べました。

そのライバルはそのとき、ミイラ化した
悪魔の全身のパーツを蒐集しようとしていたのです。

処分されたはずのミイラ化した左手との再会…

扇くんの浅はかな行動のせいで
神原は全国に散らばっているであろう
残ったミイラのパーツを蒐集していかなければならない…
と、覚悟を決めかけていました。
それはまるで謎のメッセージを残した母の遺志を継ぐように
あるいは彼のライバルの意思を継ぐように…

神原が扇くんと二人で片づけを中断し
謎解きをしていると、扇くんに阿良々木先輩から
電話がかかってきます。

束の間席を外す扇くん。
…とそこへ、懐かしい人物がダブルで登場します。

そして神原に言いました。

「あんたは誰の意思も、誰の遺志も継ぐ義務なんかないし、
誰もあんたにそんなことを望んじゃあいない――」
「やるなら自分の意志でやれ。
頑張るなら、自分の意味で頑張れ」
(P212より抜粋して引用、改行はブログ筆者による)


自称「頑張る駿河ちゃん」こと神原駿河の
新たな成長物語。

神原に投げかけられるこのセリフは、
亡き母やかつてのライベルの意思や遺志を
継ぐみたいな理由で頑張られても
彼女たちには迷惑だろうという意味です。

母やライバルを口実に使うな、ということですね。

家族のために自分が幸せになる…。

そういっているわたしも、まだまだです。
もっと純粋に、わたしは自分のために頑張ればいい。

自分の意味で頑張ればいい。

じゃあ、わたしの意味ってなんなのでしょう?

ただ、妻や息子のため…というのは、
確かに近視眼に過ぎる気もします。

でも、自分のためだけに…となると、
なんというか、それではそもそも幸せを感じない。

それもまた本末転倒ですよね。

答えはその時々でまた変わっていくのかもしれません。
でも、今のわたしにしっくりくる『自分の意味』
『自分のための幸せな意味』は
わたしの祖父母や両親から息子につなげた命が
さらに命をつなげていってくれること、
願わくば彼らがそれぞれに“幸せ力”を発揮して
強く大らかに、人生を謳歌していってくれること。

そして、そんな在り方が一部でも
あなたやその子孫たちにもいい刺激になり
またわたしたちも周囲から刺激を受けて
さらに成長する。

そんな脈々とつながる命の連鎖をイメージしたとき
わたしは何とも言えない幸福感を感じるわけです。

だから、それが今のところ
わたしが頑張る『自分の意味』です。

そう、これが一番しっくりくる!!


              全ての物語のために









posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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