お知らせ 2019年10月1日からこのブログ
「あなたの幸せ力を引き出すストーリーセラピー【ストセラ】」は
https://storytherapy.net/
へ移行します。

こちらのseesaa版は、これまでの記事のアーカイブとして残します。
今後とも、よろしくお願いいたします。

2017年01月11日

小説「張り込み姫 君たちに明日はない3 #4 張り込み姫 垣根涼介 著 新潮社」その2 発想はもっと自由でいいワケ



実際にできることが限られていると
発想自体が貧弱になります。

わたしの場合は自分にそれを感じている。

でも、そうなりがちな人は
決して少なくはないと思います。

しかし、今、自分に再確認させているのは
実際にできることが限られているなら
なおさら発想だけはまず自由奔放に!!

と強く意識しないといけないんだろうな…
ということです。

そうしないと、今にある可能性をつぶしちゃうし、
いつか自由になったときにどうしていいか
わからなくなってしまう。

つまり、自由を持て余してしまいかねない。
それはもったいないですよね。



ロバート・ダウニーJrの吹替をよく担当される
藤原啓治さんがお休みされている中、
「スパイダーマン:ホームカミング」の公開が迫って
来ています。今回はトニー・スターク=アイアンマンの
出番がガッツリありそうなのでここで声が変わるのは
非常に残念。お早い復帰を願いたい!!

小説「張り込み姫 君たちに明日はない3」
第4話 「張り込み姫」 垣根涼介 著 新潮社


読破して、シリーズ第4弾に突入しました。

あらすじは先日紹介の時に書きましたので
今回は、このシリーズ第3弾としての
クライマックスと言えるであろう、
この本のテーマの総決算的な対話がなされる
シーンのとっかかりだけ引用させて頂きます。

「働く意味、つまり、仕事を通した生き方は、
たとえ同じ職種でも、その現状により、
その生い立った過去により、
それを踏まえて目指している未来により、
人それぞれだからです――」
「それはおそらく、哲学とか倫理学とか、
そう言った概念には一般化できないものです。
こうしなくてはならない。こうあらねばならない……
そういった“べき”論は、実は、
法律に触れない以上は仕事に限らず、
この世には存在しない――。自分です。
突き詰めれば、自分がどう感じるかが、すべてなんです」
(P368より抜粋して引用、改行はブログ筆者による)




週刊誌の記者という、人に嫌われる仕事をしながら
雑誌の休刊を機に入社時から希望だった文芸部に行くか
辞職するかを悩んでいる被面接者。

彼女が同じように人から嫌われる仕事をしている
主人公のリストラ面接官、村上真介に
真介の働く意味みたいなものを尋ねました。

真介はあなたの状況の参考にするためなら
あえて答えないほうがいいだろうと伝えた上で
引用したようなセリフにつながっていきます。

引用したのはホンの触り部分で、
ここから本題が始まるのですが
そこはこれからこの作品を楽しむ方のために伏せます。

「こうしなくてはならない。こうあらねばならない……
そういった“べき”論は、実は、
法律に触れない以上は仕事に限らず、
この世には存在しない――」

仕事に限らず…です。
人生すべてにおいて、“べき”論はこの世に存在しない。

つまりもっと自由でいいということ。

そしてその軸となるのが「自分がどう感じるか」であり
それが「全て」だとも言っています。

わたしたちは、いろいろと実現したいことがあります。

それを実現するためにどうすればいいのか?

その思いや感情を実現するために
どう在ればいいのか?

そう在るために何をすればいいのか?

例えば、お金があればアレもコレもできる。
例えば、時間があればアレもコレもできる。

でもそれらが求めるほどにはない。

だから不自由、当然やれることは限られてくる。

実は、わたしは映画でたとえると非常にわかりやすい
のですが、

邦画の質の伸びと洋画、特にハリウッド映画の質の伸び。

よく邦画側の人は、ハリウッドの作品を指して
「金にものを言わせりゃあ、そりゃなんでもできるよ」
みたいな気分の意見をいいます。

しかし、ハリウッドの技術が発展してきた裏には
まったく逆の発想がある。

お金がなくても知恵を絞って
新しい方法を考えてきた。

それでお金が使えるようになったら
そのお金だけではできない更に上の
技術を作れないかと知恵を絞って
作り出してきた。

常に、今できること以上のことをやろう
と知恵を絞り前進し続けている。

邦画はその技術をお金が使える範囲で
学んで使うだけ。

「だけ」なんて言ったら実際に現場で
創意工夫されている方たちに怒られそうですが、
邦画界、ハリウッド映画界の全体としての
モチベーション、意識の根底の違いには
そういう違いがあるのは間違いないでしょう。

つまり、不自由なときに
発想まで自由じゃなくしてどうするの?

そして、自由になったときは
そのときの条件以上のことを
さらに自由な発想でやっていかないと
発展・成長はしないよね。

ということを見せつけられている気がします。

サラリーマン的思考も、自社の“なんとなく文化”を
社会の常識と勘違いするのも、
自分の人生そのものの既定の仕方も
どんなに窮屈さや不自由を感じても、
まずは発想だけは自由であることを心がける。

できないことを発想したって無駄じゃん。

じゃなくて、発想を固定すること自体が不自由ですから
発想の仕方自体から自由に発想していく。

決めつけない。
こうであらねばならない…と思っているつもりも
ないけれど、無意識に動かせないと思っていたものを
「そもそも本当にそうか?」というところから始める。

そのための全ての指針が「自分がどう感じるか」
だということですよね。


            全ての物語のために









posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。