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2017年01月05日

小説「張り込み姫 君たちに明日はない3 #3 みんなの力 垣根涼介 著 新潮社」その2 必要とされるシゴト



資格を取れば独立できる、
資格を取ればもっといい条件の会社に転職できる。

なんていうのは幻想です。

わたしは転職活動も何度もやり
面接も何度も受けたのでわかりますが
たしかに履歴書にハクはつく。

でも、問われるのはどんな資格をもっているか
ではなく“何ができるか?”ってことです。

なぜそれを問われるかというと、
その“できること”により生み出される価値が
一番必要な部分だから。

ただのスキルとして何ができるか?
だけではなく、そのスキルを使って
“自分なら”こんなことができる。

というものが求められている。

英検を持っていて英語で交渉できない人より
英検なんてなくてもバンバン話せる人のほうが
良いに決まってますからね。

それでもまだ、従業員から従業員への転身。
つまり転職、ならわかりやすい方だと思います。

雇われている会社や、そこにある後ろ盾、
業種や職種というものがあるし、
雇ってくれるところが
自分を欲しいと思ってくれさえすれば
ひとまず雇ってもらうことはできる。

でもそれらを取っ払って、“自分”として
生きようとしたとき…わかりやすい例でいうなら
独立したり会社の看板を背負わず受注する場合は、
資格を持っているかどうかはほとんど意味をなさない。

それよりも先ずはお客さんを集められるかどうか?

逆に言えばお客さんを継続して集める技術があれば
事業というのは起こすことができる。

問題はどうすればお客さんが集まるか?

もちろんマーケティングや集客、
成約に至るまでの営業の知識・スキルは
ある程度必要でしょう。

でも実は、この場合の“スキル”という言葉のなかには
信頼性や実績の他に、大事な“何か”が
含まれていると、最近はつくづく実感しています。

その“何か”の正体を掴みたい。
というのが、目下の目標でもあります。



そろそろ映画観たくなるだろうな〜と
意識しだすころには無意識が観たがっている
ということなのでしょう。もうフツフツと来ています。
「ローグ・ワン」行きたいけど、息子を他の作品に
連れて行く約束があるからなぁ…

小説「張り込み姫 君たちに明日はない3」
第3話 「みんなの力」 垣根涼介 著 新潮社


読後の余韻が残っているので
再び取り上げます。

「君たちに明日はない」シリーズは
主人公の村上真介を中心とした
その周囲の人たちの物語は続きものとして
少しずつ変化していくのですが、
基本的には一話完結型。

各話ごとにリストラ面接の対象者が登場し
その登場人物への自主退職を促す
真介の面接が核となり、
それぞれの人生の分岐点が描かれます。

リストラ請負人なんていう刺激的な
主人公ながら、その根底には
新しい人生へのステップを踏もうとする
リストラ対象者たちのサポート。

世界の見方を変えるための手伝い
という側面があり、元気をもらえる
エンターテインメントとしてできています。

社会問題にエッジの効いたアイディアで攻め、
人の人生と働くことなどを深く考えさせられる話。

だからこそ、刺激的な内容にもかかわらず
NHKでもドラマ化されたのでしょう。



今回の対象者、宅間は生真面目で
車をイジること自体が好きで、
オーナー(クルマの持ち主)が事故を起こさないよう
丁寧に真摯にメカニックの仕事と
向き合っている人間でした。

自動車ディーラーのメカニックではありますが
メーカーについているお客さんではなく
宅間という人間についているお客さんが多い。

宅間の仕事への取組みとその腕にほれ込み
宅間指名で仕事を頼むオーナーが30人ほど
いるんですね。

もしも宅間が退職することになったら、
彼らはとてつもなく困る。

宅間の仕事はそれだけ必要とされている
…ということですよね。

わたしは自分の生き方・働き方を“模索中”です。

今の仕事には誇りをもって取り組んでいますが
一生この仕事を続けていきたいとは思っていない。

じゃあ、何をどう模索中なのか…?

当然のことですが、
自分が好きなこと、出来ることで
必要とされる仕事の構築です。

情熱をもって取り組めて必要とされること。

でもそれがあまりにも漠然としていて、
どうやったら必要とされているのだと
判断できるのか?

掴めていませんでした。
それなりにマーケティングやリサーチ方法は
学びました。

集客に対する考え方も知識としては持っている。

実績も、少しずつですが出始めている。

しかしです…。何かが足りない。
何かが弱い。

ず〜っと思っていました。
今回気づいたことが、その明確な答えだと
言い切るつもりは毛頭ないのですが、
それでも、ある意味核心に迫っているはず。

そういう気付きの実感はありました。

それは、周囲から応援されるほど求められているか?

という視点です。

しかも、応援というのは、
「がんばれ」という声援のことではありません。
(もちろん、声援が不要と言っているのでもないですよ)

もっと具体的に、その活動を支援してくれるかどうか?

投資してくれるというのもその一つでしょう。
そんな大きな話ではなくても
事務所の場所を貸してくれるとか
知り合いに声をかけてくれるとか
セミナーなどの場合は受付やスタッフを
手伝ってくれたり…

実はわたしもそのようにお世話になったことがあります。
それは、それを事業にしようとか
サービスメニューにしようとか、
そんな風に考えていたことではありませんでしたが

…いや、そう考えて動いたこともあったな…

とにかく「よく手伝ってくれるな〜」と本当に
ありがたかった。

そこには、あるいはその時のわたしには、
その人たちがそこまでしてもいいと思える
何かがあったということなのでしょう。

しかし、30代以降は、あまり迷惑をかけないように、
人を巻き込まないようにと、なんとなく
気後れしてしまって遠慮していた部分があるのですが
なんだか、軌道修正が必要なようです。

人が巻き込まれてもいいと思ってくれるくらいの
“何か”が当時の自分にはあった。

もちろん、人に惜しみなく協力してくれる
素晴らしい人たちに恵まれていた。
ということを置いては語れません。

しかし、それでも自分自身の在り方に絞って
当時と今の自分の違いを考えると、
自惚れろいう意味合いではなくて、
その“何か”というのはとても重要なものだと
思うのです。

もっと真摯に自分と向き合うことを
突き詰めていいのかもしれない。
自分をもう少し信じて掘り下げてみても
いいのかもしれない。

宅間とその周りの人たちの行動を見ていると
自分を掘り下げる糸口が一つ見つかった・・・?
見つかりそう・・・?
なんだか、まだ掴みかけですけど
そんな気がしてきました。

周囲が「手伝うよ!」と思ってくれるような
“何か”がなんだったのか?
自分が手伝いたくなる人を観ながら
そして自分自身を見つめながら
ちょっと、いやずっと、考えていこうと思います。



          全ての物語のために








posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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