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2016年07月20日

小説「傾物語(カブキモノガタリ) まよいキョンシー」良かれと思って助けた結果、甘えちゃう人にこまったことありますか?



お客さんに寄り添う…
接客などサービス業をしていると

企業のコンプライアンスなども当たり前に言われるようになり
最近は、そんな“お客さま視点”のサービスを!
という考えたも以前にまして企業単位で
当たり前になりつつあるのではないでしょうか?

ところが、企業体が大きければ大きいほど、
会社側のルールにも縛られて
現場はお客が求めるものと、会社で出来る事の狭間で
板挟みになっていく。

もちろん昔からと言えば昔から。
今も昔も変わらないよ…ということなのでしょうか。

じゃあ、お客さんに寄り添うってどういうこと?
となると、これがまた「正解のない」永遠のテーマ…
になってしまうわけですよね。

良かれと思って、サポート外のことまでしてあげたら
それが当たり前だと思って、もっともっとと要求されたり…

お互いにコミュニケーションを取って
信頼関係も築けていたと思っていただけに
それで関係が崩れてしまい、成績も心も傷つく。

お客さんを助けるつもり、会社の利益も守るつもりの判断が
結局お客さんを甘やかし、会社の不利益にもなる。
お客さんをもガッカリさせるなんて、
何一ついいことがない結果にもなる。

空しいと言うかなんというか、
そういう経験は社会人なら、何度でも経験することでしょう。

社会人に限りませんよね。

誰かのためになりたいと善意で行動して、
確かにその誰かのためにはなったのに、
それで今度は別の誰かを傷つけたり…

なんてことは、しょっちゅうあるわけです。

そんな空しさを、わたしたちは
どう乗り越えて行くのでしょうか?



もう、まだまだ「猫物語 白 つばさタイガー」の
いいところを紹介していませんが、
もう、順番はどうでもいいや!って気がしてきました(笑)
そもそも、このシリーズが自由すぎて前後しまくってます。
今読んでいるコレなんてその最たるものかも…

小説「傾物語(カブキモノガタリ) まよいキョンシー」
西尾維新 著 講談社


を読んでいます。

「猫物語 白」では二学期早々、
阿良々木くん不在の始業式の日から始まりました。
語りべは、シリーズ初、阿良々木ではなく
同級生の羽川翼です。

この「傾物語」では、語りべが阿良々木くんに戻ります。
そして、時間軸は一日前、「明日から二学期」
つまり夏休みの最終日からスタート。

さらにその前日には、永遠の小学生
迷子っ娘の八九寺真宵ちゃんを
家に泊めて遊んでいたと言う阿良々木くん。

受験勉強は委員長である羽川翼と
恋人でこれまた優等生の戦場ヶ原ひたぎの
ダブル家庭教師によってしっかりみっちり
やっていた阿良々木くん。

しかし、彼の影に潜む元吸血鬼の金髪幼女・忍野忍は
気づいていたのです。

阿良々木くんは、夏休みの宿題には一切手をつけていない。

ということで夏休み最終日、8月20日も残すところ
あと2時間というところで彼は焦ります。
のび太くんばりに焦って、昨日に戻れたら…
なんてドラえもんに頼むようなことを冗談で漏らします。

ところが、のぶえもんならぬ忍ちゃんが言いだします。
戻れる…と。

元、怪異の王、吸血鬼の力としては
そもそも怪異がアリなんだから時間移動もアリなのだと…

ところが、一日前に戻るつもりが、何せ二人とも
初めてのタイムスリップだったせいか
なぜか十一年前に来てしまいます。

それは、十一年前の5月、母の日の前日。
八九寺真宵が交通事故で亡くなる前日でした…



もう、なんでもあり。
怪異だけではなくて、タイムスリップまでしちゃいました。
これがまた、自分とガッツリ向き合う物語だった
「猫物語」の二作品と全く違って、
見事にSF冒険少年漫画的で、猛スピードで
すっ飛ばすように読み飛ばしてしまいます。
「バック・トゥ・ザ・フューチャー」のようなワクワクが
ちゃんと物語シリーズの世界観の中で再現されている。

本当に縦横無尽というか。
作家さんもノリノリで書いているんだろうな〜と思います。

さて、八九寺真宵が事故に会う前日、
阿良々木くんと忍ちゃんは何を思うのか…そして何を為すのか…

まあ、とんでもない展開になっているのですが、
息子が見ているアニメ版を、
横で何気なく見ていた時、ラストではわたしも感動して
涙を流してしまったので、小説版も楽しみにしていました。

阿良々木くんと忍ちゃんは、
自分たちが犯した過ちについて深く考えることになります。

その中で、忍野メメがよく言う
「人は一人で勝手に助かるだけ」という言葉について
考えるシーンが描かれます。

例えば、溺れそうな子供がいたら助ける。
でも、助けたその子が将来犯罪者になって
沢山の人を殺したら、
助けた人の責任になるのでしょうか?

そんなことを考え始めると、
もう、人助けなんて出来なくなります。

でも、それはそれでまた不謹慎だし傲慢だし
やっぱり違うと感じる。

やはり、溺れそうな子供がいたら助けちゃう。

その子が将来どんな人生を送るか、
どんなことを経験し、それをどう受け取り
どういう大人になっていくかなんて、
突き詰めればその子の責任でしかなくなる。

人は勝手に助かるだけ。

よかれと思ってお客さんにサポート外のサービスまでして、
その人が、その後、それを当たり前と思うタイプかどうか?

もちろん、プロとしては慎重に見極める姿勢は必要でしょう。

でも、正解は無いし、善意を逆手に取ることは
お客さんが認識していようがしていまいが、
最終的にはお客さんの責任です。

誰かを助けることができるのなら、
その人が助けを必要としている状況なら
やっぱり助けるのが人間。

わたしたちはそうやって今の世界を作っています。
その“良心”“善意”がなければ、
人間の世界なんて、本当にただの地獄だと思います。

だからこそ、助けられる方、
善意を向けられる方も、自分の人生や在り方には
責任を持たないと行けないんですよね。

最終的には、全てを助けてくれた人に
ゆだねるわけにはいかないのですから。


              全ての物語のために











posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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