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2016年07月07日

小説「偽物語 下 つきひフェニックス 西尾維新 著 講談社」その2 自分が正しいつもりなのに、それでも正義が敵に回ったときは、どうすればいい?



正しさは人の数だけある。
真実も人の数だけある。

その人が捉えている世界がその人にとっての真実。

わたしはわたしだし、あなたはあなた。

人の数だけ真実があるから、
だからこそ、
わたしはわたし、あなたはあなたという
線をしっかりと知っておかないといけない。

それが人と共に生きていくこと
なんだと思います。

わたしにはわたしの真実があるし
あなたにはあなたの真実がある。

わたしの大切な真実を
あなたがあなたの正しさで矯正することはできないし
あなたの大切な真実を
わたしがわたしの正しさで正そうとするのも違う。

それは魂の殺人。いじめ、虐待、心の暴力。
パワハラ、モラハラ。

自分の正しさは自分のものであって
人に強要するものではない。

それをわかっていくのが10代の思春期の成長期であり
反抗期を無事に健全に乗り越えた時に、
自分と他者との境界線をおぼろげながらも把握する。

人の心の成長、感情の成長、
人との関わり方の成長というのは
本来そういうものであるのがあるべき姿なのでしょう。

ただし、人の成長のタイミングも
気づきの順番もタイミングもすべて人それぞれ。

前向きな、希望のある言い方をすれば
気づきのタイミングはその人の人生において
最適の時にやってくる…

と、なりますが、わたし自身は
健全なあるべき姿より幾分…大分?
遅れて気づきの階段を上り始めたように記憶しています。



文芸映画を崇高なものとし、エンタメ映画を低レベルのもの…
とする価値観が存在することに反骨精神を燃やすのもバカバカしく、
エンターテインメント作品の芸術性、精神性の高さを
疑うことなく信じているわたし。小説に対しても似たような感覚を
持っていたものの、そんなわたし自身もどこかで
一般の小説とは違うライトノベルなるもに偏見を持っていました。
ハリウッドで映画化された「オール・ユー・ニード・イズ・キル」
を読んだことから少しその偏見が崩れ、
このシリーズに触れてからは、完全に反省すらしています。

小説「偽物語」 下巻 「つきひフェニックス」
西尾維新 著 講談社

シリーズ最初の本、「化物語」は
セラピー的な要素が強いお話でした。

悩める思春期の少女たちが
その悩みの象徴的な怪異に出会い
主人公、阿良々木暦くんや
怪異の専門家、忍野メメと関わることで
自分と向き合っていく。

そういう構図のお話が多かったです。

その流れは「偽物語」の上巻
「かれんビー」にも引き継がれていました。

しかしこの「偽物語」の下巻
「つきひフェニックス」はちょっと違う感じです。

阿良々木くんの下の妹である
阿良々木月火ちゃんは、
ブレたり、迷ったり、悩んだりしません。

そういう意味で言うと蚊帳の外です。
お話の中心ではるのですが、
月火ちゃん自身のあずかり知らぬところで
お話は進み、解決していく。

むしろ、主人公阿良々木くんに
難題・課題が突き付けられ、
「ガンダムユニコーン」のバナージよろしく
「それでも!!」と意思を貫いていく、
そんな少年漫画的なまっすぐなお話になっています。



阿良々木くん上の妹・火憐ちゃんのやり取りで
“正義”についての会話がありました。

正義の敵はなんだと思う?という
阿良々木くんの問いに対して、
悪だと即答する火憐ちゃんに、
「正義の敵は、別の正義だ」と答える阿良々木くん。

それは春休みからの自らの体験を通して
阿良々木くんが学んできたことだったのでしょう。

そんな阿良々木くん…つまり兄ちゃんに対して
「自分が正しいつもりなのに、
それでも正義が敵に回ったときは、どうすればいい?」

火憐ちゃん。その質問の答えは
「その質問に答えられて、ようやく正義の味方だよ」
(P273より抜粋して引用、改行はブログ筆者による)

でした。

17-18歳の高校生の言葉とは思えない…(笑)

しかし、死線を潜り抜けてきた少年だとすれば
まあこの達観ぶりはあるのかもしれませんね。

しかし、この火憐ちゃんの問いがそもそも
なかなか核心をつているなと舌を巻きました。

自分が正しいつもりなのに、
それでも正義が敵に回ったときは、
どうすればいいのか?

考えてみれば、わたしたちが
議論したり、口論したり、
誹謗中傷したり、し合ったり、
人格否定までして仲たがいしたり…

それって、まさにこの状況ではないでしょうか?

真実は人の数だけある。
正義もその分だけある。

会社にとっての正義が家族にとっての不正義、
逆もまたしかり…なんて、よくあることですよね。

正義の敵は他の正義

自分が正しさを声高に叫ぶと、
そのことで敵を作る。
他の正義を、わざわざ自ら敵に回すことがある。

だったらもう、余計なことを言わんで
黙っておいたほうがいいや。

…なんて、こともまた、よくあることでしょう。

だから「ガンダムユニコーン」で
ジオンのお姫様ミネバも、
「変えるときは慎重に」と言った。

慎重に…。敵は、本当に敵なのか?

これはとても個人的なことですが、
夫婦喧嘩をするときに一番感じる回数が多いのが
「ああ、なんだ、結局同じところを目指していたのか」
ということです。

思考プロセスやアプローチがそれぞれ違うから
一見まったく違う方向を目指して、
真逆の主張をしているように受け取ることがある。

ところがとことん話してみると、
結局は同じところを目指していたことがわかる。
敵じゃなかったことを確認できる。

自分が正しいつもりなのに、
それでも正義が敵に回ったときは…

本当に敵なのか確かめ合う。
違いを知り、認め合う。
譲り合う。
正々堂々と勝負して、結果は潔く受け入れる。
戦わせるのは意見だけ、人格否定はしない。
などなど…

答えは一つではありませんよね。
都度都度、このことが目の前に現れては
答えを創り出していく。

それが人生ということなのでしょう。


              全ての物語のために








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posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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