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2016年12月26日

「世紀末救世主伝説 北斗の拳(1986)」自分の成長を実感する瞬間をつかむ



確実に自分が変わったことを実感する。

それは成長を実感するということです。

大きなインパクトを伴って明確に
それを感じられるような機会というのは
そうそう簡単に訪れるものではないですよね?

つい先日、わたしは自分が
成長していたことを実感を持って
具体的に感じることができました。



ふと、DVDコーナーで珍しい作品に出合い
手に取ってしまいました。
ソフト化されないのかな?と諦めていた
劇場用長編アニメーション。実は数年前に
商品化されていたんですね。

「世紀末救世主伝説 北斗の拳」(1986年作品)

を観ました。

199X年、世界は核の炎に包まれた…

人々はわずかな水と食料を巡って
争うようになり、再び暴力が支配する世界と
なっていました。

一子相伝の拳法である北斗神拳。

ラオウ、ジャギ、ケンシロウの兄弟のうち
末の弟であるケンシロウが伝承者となります。

幼馴染で恋敵であった南斗聖拳の使い手
シンは、ケンシロウの甘い性格では
今の時代に恋人のユリアを幸せにできないと
ケンシロウに瀕死の状態を負わせ
ユリアを暴力で奪い去っていきます。

兄より優れた弟などあってはならないと
ケンシロウの兄ジャギは瀕死のケンシロウを
谷底へ突き落すのでした。

一子相伝の拳法である以上、
伝承者争いに敗れたものは二度と
北斗神拳を使えないように拳を砕かれる…

長兄のラオウはその掟に背き
父リュウケンの命を手にかけ
天を取ると誓います。

しばらくして…ある荒廃した街で
少年バットと少女リンが
ガラの悪い男たちにいたぶられていました。

まだ小さな少女リンを男が踏みつぶそうとしたとき、
周囲のビルが次々と崩れだし、
その噴煙の中からボロをまとった男が姿を現しました。

それは、かつてシンによって
胸に七つの傷をつけられたケンシロウでした。

ケンシロウはユリアを探して、
荒野をさまよっていたのでした…



今だと、これは間違いなくPG12かR15、
下手をするとR18指定もくらいかねないですね。

悪党たちは斧で一般の人頭をかち割るし
悪党たちは北斗神拳によって
内側から爆発して内臓やあばら骨が飛び出るし…
すごい描写です。

小学高学年以上の少年たち向けとして
現代ならあり得ないですね〜

「『北斗の拳』を読めば、男は強くなれる」

高校のころだったか、友人が語っていました。
強くなれるというのは「心の強さ」の話ですね。

わたしも少年時代、これは心の強さの話だと
認識していたので、完全に同意していました。

そこは、今見返しても確かに間違っていない。

でも、おそらく20年ぶり?かそれ以上?

それくらいぶりにこの作品に触れて
新しい気づきもありました。

リンという少女が一つの鍵になっています。

荒れ果てた大地で花なんて咲きません。
しかし、ユリアがケンシロウに託した種を
ケンシロウがリンに託し、リンが花を咲かせます。

ジャギに妹をさらわれた南斗水鳥拳のレイ、
そして、天下を取り世界を恐怖で牛耳っている
拳王ことラオウ。

彼らがこの作品のテーマに気付かせるセリフを
リンを見て言いました。

お前はまだ幼い。未来を創るのはお前たちだ。

ケンシロウが最後に戦うラオウも
リンの前に膝をついて、早く大人になれと言います。
それまでは自分が倒れるわけにはいかないと。

つまり、受け継ぐことや託すこと、
そしてそれまでの大人の役割、
そういったことがテーマになっていました。

これだけあからさまにやっているので
昔見たときも気付かなかったなんてことはない
と思うのですが、それでも
そこに気持ちが震えるほどではなかったのでしょう。

せいぜい、ラオウは時代に即した
世界のまとめ方を彼なりの考えて
やっているだけで悪人ではないんだろうな…と、
理解するための手がかり程度に見ていたと思います。

あくまで男たちの戦いを描いていると思っていた。

でも、レイやラオウたちが、リンたちの世代が作る
未来のために命を懸けて戦っているという構図が
こんなに力強く描かれていた。

それに気づけ、感動できたのは、
明らかにわたしが親になって10年がすぎた今だから
なのだと思います。

映画や小説、漫画やアニメ…
そういう作品に触れることが大好きなわたしが
親になりそういう作品の深みをさらに理解していく。
新たな感動を得ていく。

成長することで作品の深みも増していく。

これは、そのまんま、他者を理解するということに
置き換えられるのではないでしょうか?

そして、自分を理解するということにも。

苦手な人、嫌いな人、あまり気に留めていなかった人
そういう人たちへの人生という物語を
より深く考えるようになる。

そうすると、その人の見方が変わってくる。

自分の人生の意味や、
自分の使命に気付いたりするときも
こういう気づきに似ているのではないでしょうか?

一度見た映画を何度も見る意味がない。
子どものころのに見た映画を大人になってみたって
がっかりするだけ…

いろいろ批判的な意見も多いですが。

わたしはやはりそんな風には思えないんですね。

人の人生にはその時その時のストーリーがある。
物語があるわけですから。

人と人が出会うということは
物語と物語が出会うということです。

それは新しい物語が作られるということだけではなく
お互いの物語の影響を受けて
自分の過去の物語の解釈が変わったりもする。

昔観た作品に、年齢を重ねてから触れなおす。

その時の新たな気づき。
その感覚は繊細に、大切な人を大切にするために、
大切にしてきたいし、
ぜひともあなたにも大切にしていただきたいですね。



                 全ての物語のために










posted by ストーリーセラピスト at 08:20| Comment(0) | TrackBack(1) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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