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2017年02月16日

「ロボコップ (2014年版)」あなたが芸術を超えている理由



東京ディズニーリゾート。

わたしの大好きな場所です。

大好きとは言っても、人生で未だ3回しか
行っていません。

特に、東京ディズニーシーは13年ほど前、
妻と初めて行ったときに、
その施設の作り込み方から、
スタッフ(キャストというそうですが)の
在り方すべてが一貫していて感動的でした。

わたしたち来場客(ゲスト)は
まさに現実の世界を忘れて夢の世界を
味わえる。

以降、子どもが生まれてからも2回行き、
またいけることを目標にしてしまうほど
つまり、日々の日常を頑張る糧にしてしまうほど、
わたしたちは感動してしまっているわけです。

こういうサービスというのは、
サービスとして芸術の域を超えている…
と言えるのではないでしょうか?

職人肌、芸術家肌、と分けて言われたりしますが
職人技もそれは芸術的ですし、
芸術というのは崇高なものではなくて、
微々たることも、壮大なことも関係なく
世界をどうとらえどう表現するか?

そして表現されたものを観た人が何かを感じる。

そういうものだと思うんです。

だったら、わたしたちの仕事も人生そのものも…
そもそも命そのものが芸術的だし
芸術をはるかに超えた存在ですよね。



ダブルチューナーで地上波とBSを
HDDに録画できるようになり、今まで諦めていた
放送を観れるようになりました。これはいい!
先日民放のBSで放送されていた作品、

「ロボコップ (2014年版)」

を観ました。

2028年、アメリカの巨大企業オムニコープ社は
ロボットテクノロジーの最先端を牛耳り
アメリカ軍は中東でオムニ社のロボットを
大量に投入していました。

しかしアメリカ国内では、人間性を持たない
マシーンに街の治安を託せないとして、
警察への導入は見合されていました。

デトロイトのオムニコープ本社では…。
国内で導入するために、
人々が受け入れる人間性を持った
“ヒーロー”を誕生させるための
怪しい計画が話し合われていました。

デトロイト市警の警官、
アレックス・マーフィー(ジョエル・キナマン)は
愛する家族と幸せな日々を過ごしつつ、
仕事では、ある潜入捜査でずっと捜査してきた
犯罪組織のトップに近づきます。

しかし身元がバレたことから命を狙われ、
自宅前で彼の車が爆破され、
巻き込まれてしまいます。

かろうじて命を取り留めたマーフィーは、
オムニ社の最先端のテクノロジーによって
体のほとんどをメカにより再生され
ロボコップとして蘇るのですが…。



芸術やエンターテインメント、
文芸・文学、神話やその他の物語、
そしてテクノロジー。

すべてにおいて突き詰めようと
トップを走っているのは
やはりどう考えてもハリウッドでしょう。

テレビ東京系のドキュメンタリー風ドラマ第二弾
「山田孝之のカンヌ映画祭」も見ていますが、
“芸術”と“エンターテインメント”を分けて
ハリウッドのメジャー作品を代表とする
わかりやすいエンターテインメント作品を
少し軽視というか、分けてとらえる人たちは
それはそれで意識は高いのだとは思います。

しかし、実際ハリウッドエンタメ作品を観てみると、
ちりばめられた要素の中で垣間見せる
文芸・芸術の片りんがかなりハイレベルだと
思わざるを得ません。

その代表格が今ならドラマ「ウォーキング・デッド」です。

あそこまで人の感情を熟知して計算して
そのうえで俯瞰して作品を作る。

文芸・文学・芸術をかなりのレベルで
極めていないとできることではありません。

120分前後の一本のエンターテインメント映画でも
最近のハリウッド映画はそのレベルが
一昔前に比べると一段と上がっているように
ここ数年感じ続けています。

このリブート作品「ロボコップ」でも
その片りんを垣間見せるエモーショナルなシーンが
描かれました。

ロボコップになったマーフィーが
初めて自宅に戻るシーン。

わかりやすい説明を入れるわけでもなく
じっくりと間をとって、静かに見せるほんの数分間。

そこだけで、「ああ観てよかったな」
と思い、涙があふれました。

基本的にはアクションSFエンターテインメントです。
でも、この家族のドラマがあるから
アクションエンタメとしての質が上がる。
とは言え、アクションシーンなど
派手なシーンがなければもちろんこの作品の
価値がなくなるわけですよね。

このトータル感、そのバランス。
それぞれがハイレベルなステージで融合する。
その融合の仕方もまたハイレベル。
すべてが芸術の域ですよね。

これが可能なのは、自分たちが持っているもの…
それは技術・テクノロジーだけではなくて
魂の底から日々生まれてくる“何か”に対して
真摯に向き合い、それを観客を喜ばせるために
どう使っていくのか?

ということを継続してやっているからです。

自分のあるがままを、ほかの人の幸せのために
どう使っていくのか?

を表現している。

ただの“自分はこうだ!”という自己表現にとどまらず
自己と他者の心がハッピーな方に向かうように、
つまり自己表現を否定せずすべてあるがまま
受け入れたうえでさらに上のステージで
作品を作っているわけです。

伝説的なサービス、おもてなし、
ホテルやレジャー施設、などなどいろいろなところが
注目されていますが、すべて同じ志からきているもの。

自分と向き合うこと、人を考えること、
いい仕事というのはそこから生まれてくる。

ハリウッド映画のエンターテインメント作品に触れるのは
そういう良質のサービスに触れるのと同じことです。

映画などを観て感動できるということは
常に芸術を感じているということ。
わたしたちの存在そのものが芸術を超えているということ。

それだけでも宇宙に存在を認められた
尊い魂であることが感じられませんか?



              全ての物語のために











posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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