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2016年12月22日

ドラマ「IQ246〜華麗なる事件簿〜 #10(最終話)」無意識が不自由を求めていないか?



ある同僚が上司から
「断るなら辞表を一緒に持ってこい」

と言われていました。

正確には同僚の三つくらい上の肩書の上司が
二つくらい上の上司に、そんな風に
同僚に言えと言っているのを
聞いただけなのですが…

その肩書的に二つ上の上司は
オブラートに包んで同僚に伝えたようです。

やるかやらないかという話しではなく
やれという指示だから、
サラリーマンが上司の指示を断るなと。

さすがに間に入った上司は思ったのでしょう、
そのまま伝えるとこれはパワハラになってしまうと。

サラリーマンなら上から言われた仕事を断るな。

というのを言いたかったのでしょうから
そのオブラートへの包み方も
あながち間違ってはいなかったのでしょうが
実はこれは命令してやらせる仕事という類のものではなく
志願者を募る類の仕事でした。

だから、肩書三つ上の上司の言い方は
さすがにマズイと思ったのでしょう。

しかし、そう言われるとサラリーマンなら
辛い部分もありますよね。

クビと言われたらそれでオシマイというのは
サラリーマンの弱い部分です。

でもサラリーマンは公務員ではありません。
本当はもっと自由であっていい。



今シーズン、一番楽しみに観ていたドラマ、
最後まで楽しみました。
でも各話、もっとじっくり描いて欲しいな〜という部分が
多かったですね。題材も出演者も良かったので、
もっと演技やバックストーリーを楽しみたかったです。

ドラマ「IQ246〜華麗なる事件簿〜」第10話(最終話)

を観ました。

マリア・T(中谷美紀)の策略で警察からは
マリア・Tの仲間だと思われた沙羅駆(織田裕二)。

奏子(土屋太鳳)や賢正(ディーン・フジオカ)と共に
マリア・Tを追いかけようとした矢先、
警視総監の棚田(篠井英介)になりすました
マリア・Tが発動した“沙羅駆射殺許可命令”によって
現れた機動隊に取り囲まれてしまいました。

問答無用で追い詰めてくる機動隊員たち。
なんとか賢正のちからで機動隊をまき、
脱出を図る3人。

しかし車に乗り込もうとしたとき、
物陰で狙っていた警察の狙撃主に気がついた奏子が
沙羅駆をかばい撃たれてしまいました。

胸部に被弾し倒れる奏子の姿を前に、
「自分の頭で考えないのか!」と
スナイパーへ激しく憤る沙羅駆。

賢正が奏子の治療をすることが先決だといさめて、
二人は奏子を連れて病院へと駆け込みます。

そのころ、政財界では御前会議あてに
マリア・Tから「日本中の電気の中枢をハッキングした」との
脅迫状が届き、全国民の個人情報にアクセスできる
パスワードを教えろと要求してきます。



IQ300のマリア・Tはこのままでは未来がないから
全てを無しにすると言います。

そしてIQ246の沙羅駆に問いました。
沙羅駆の考え方で未来があると思っているのか?

このドラマの本当のテーマだったんでしょうね。

その沙羅駆、奏子が撃たれたとき、
本当に怒っていました。

考えるな命令に従う機械になれ、
と教えられている警官隊に
奏子のような人間が撃たれることに
なにも感じないのか?と…

自分の頭で考えろということですよね。


わたしたち現代の日本人の多くは
小学校・中学校の義務教育が終わるころには
ほとんどの人が将来は就職して
社会に出て行くのだろうということを
自然とイメージするようになっていきますよね。

そして多くの人が従業員となって
つまり、サラリーマンとなって生活していく。

従業員やサラリーマンという生き方が
悪いとは思っていないし、
むしろ必要なこと、いないと困るわけです。

働き方がどうであれ、雇用されている側している側、
どちらであれフリーランスであれ
仕事が仕事たりえるのは、人の役に立っている
ということですよね。

だから必要なこと、尊いことです。

でも、それが元で不自由になるというのでは
本末転倒ではないでしょうか?

生活を守るために、ただ肩書を持っただけで
深く考えずにおかしなことをいう上司に
「それはおかしいと思いますよ」と言えない。

わたしは、同僚のことでその上司たちが
対話をされているのを聞いてしまってから
考えてしまいました。

わたしは部外者でしたから、
意見を言っても言わなくても
大したことは無かったのかもしれません。

部外者はひっこんでいろという話で
終わったのかもい知れないし、下手をしたら、
自分の立場が危うくなったのかもしれません。

それでも、自分がその同僚の立場だったら…

とそこは考えざるをえませんでした。

家族がいる状態で、
「そうですかわかりました。では辞表です」
と辞表を出せるだろうか?

と…。

じつはこういうことはしょっちゅう考えています。
というか、いつもスーツのポケットには
辞表を準備しています。
(もう6〜7年入れているのでボロボロですが)

同僚が言われたことをもしもわたしが
面と向かって言われたら、
きっとその上司のいる部門の長に訴えるでしょう。

すぐには辞表は出さない。
それでも辞めろというなら辞めるしかない。
上に直訴する時点で辞職は覚悟の上ですよね。

おかしいことをおかしいと言えないような仕事は
仕事ではない。

ただし、ただ単に嫌なことをしろと指示されたからとか
個人の人間性の問題でやりたい放題
我がままを言っていいというのも違いますよね。

やりたいことだけやっていていいほど
仕事というのは甘くは無い。
お遊びではありませんからね。

でも、人としてその在り方が本当に正しいことなのか?
それは自分の心と頭を使って自分で考えなければならない。

サラリーマンだからただ命令には従うべき。

なんて言うのはナンセンスです。

正直、3億円の宝くじさえ当たれば
嫌な上司には中指立てて会社なんておさらばさ!

という気持ちの人も多いのではないでしょうか。

つまり、生活のためという理由で会社に
しがみつかなければならない人。
サラリーマンだけではありませんよね。
公務員もそうです。

自営業でも下請けだったり、
取引先やお客さんや株主の言いなりにならざるをえない
と思って窮屈な想いをしている人は多いでしょう。

でも、だからと言ってその状況を脱しようと
本当にしているのか?

というと、そこは怪しいところ。

それらの現状を手放してもいいという状況になったとき
じゃあどう生きればいいの?
何をして生きて行けばいいの?

という状態になってしまう。

だから、縛られている状態、やらされている状態、
そういう状況を「やらなければならないことがある」状態
だと言って、余計なことを考えずに
淡々と日々をこなしている方がラク。

…だということなのでしょう。

少なくともわたしにはそういう部分がまだまだ
多分に残されています。だからこそ
日々自分のそういう部分と向き合うことを忘れず、
少しでもそういう部分を減らして、
真の意味での自由人になりたいと思っています。


全ての物語のために










posted by ストーリーセラピスト at 08:32| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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