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2016年12月10日

ドラマ「IQ246〜華麗なる事件簿〜 #8」自分の世界を広げたもん勝ち



わたしが子どものころ、
ママゴンなんて言葉が流行ったことがあります。

正式名称は確か…“教育ママゴン”

とにかく勉強をして、いい学校に行って
いい大学に入れば、いい会社に入って
将来案某…幸せになれる。

だから子どものうちから頑張るのよ!

そんな人、未だにいる?

なんて思う人もいるのでしょうが、
じつはまだまだ相当数いる。

でも、問題なのは
「そんな人、未だにいる?」
と思っている自分自身だったりします。

そんなのは時代遅れだとわかっている…つもり。

なのに、自分ことをフツーの大学に行ったから
フツーに就職してサラリーマンやっていて当たり前。
だなんて、無意識で思っていたりしませんか?

おかしいですよね〜。
え?何がおかしいのかわからない?

わからないのなら周りの人たちに聞いてみてください。

以前、あるママさんが、
子どもが好きなアニメがあって、そのマンガも読む
という状況について話をしていました。

「マンガ読むなら同じものをアニメで見る意味がない!
時間がもったいないからどっちかにしなさい!
って言ったんです」



どうでしょうか?

ええ〜〜〜〜!って思いました。
利発そうなママさんなのに、マンガとアニメで
感性の刺激のされ方は全く違うということがわからない。

ただ物語、ストーリー、あらすじを
理解すればいいのが物語に触れるということではない。

映画でも小説でも、マンガでもアニメでも
演劇でもドラマでもいいです。

好きな人にはわかりますよね?
“感じる”ことの違いと、
その“違い”を感じることの重要性。

それがないと、小説と映画それぞれの
「ハリー・ポッター」シリーズがあそこまで売れませんよね。

でも、その人は自分を“教育ママ”だなんて
思っていなかったでしょう。

ただ、効率を考えたのか?
あるいはただ、不機嫌だっただけか?

当時のその人の気持ちはわかりませんが、
かなり独特な尺度をお持ちだなと
残念さとともに驚きました。



青年と哲学者の対話によってアドラー心理学を
わかりやすく紹介したベストセラー
「嫌われる勇気」が、な・な・なんと!
“刑事ドラマ”としてドラマ化されるそうです。
凄い発想!まったく結びつかなくて…超楽しみ!!

ドラマ「IQ246〜華麗なる事件簿〜」 第8話

を観ました。

奏子(土屋太鳳)のパソコンが何者かにハッキングされ、
沙羅駆(織田裕二)に関する調査報告書が
世間に流出してしまいます。

“マリア・T”が裏で操っていた一連の殺人事件を
沙羅駆が解決していたことがマスコミに取り上げられ、
沙羅駆の存在が一躍世間に知れ渡ってしまいます。

そんな矢先、都内のとある一軒家で爆発が起こり、
家の住人でフリーライターの九鬼(小島康志)という男が
刺殺体で発見されました。

現場にあった凶器のナイフから検出されたのは
沙羅駆の指紋。
目撃情報からも沙羅駆を見たという証言が多数あがり、
沙羅駆が殺人容疑で警察に連行されてしまいます。

これには奏子だけではなく賢正(ディーン・フジオカ)も
茫然としていましたが、
当の沙羅駆は、退屈しないで済むと飄々とした様子。

殺された九鬼はスキャンダルをネタに金を要求する
いわゆる“ブラックジャーナリスト”。

実は沙羅駆についても告発記事を執筆し
週刊誌に発表する予定だったことがわかり、
警察では益々沙羅駆へ疑いを深めていきます。

沙羅駆の無実を主張する奏子は
捜査本部から事件への関与を禁じられてしまいます。

捜査本部では捜査を指揮する
捜査一課管理官・牛田寛人(稲垣吾郎)が、
九鬼殺しの容疑者としてだけではなく、
“マリア・T”が黒幕だとされている一連の殺人事件の
真の首謀者こそ沙羅駆なのではないか?
という疑惑を向け始めます…。



牛田と沙羅駆は8年前にも関わりがあり、
牛田は沙羅駆をよく思っていないようです。

取調室で二人が向き合うシーンがあります。

常に一歩引いて、冷静に客観的な立ち位置の沙羅駆。
それに対して牛田は正義感か出世欲か
はたまた沙羅駆への恨みからか、
ギラギラしたただならぬ熱気を持って、
持論を展開していきます。

冷静な沙羅駆が言いました。

「人は自分の尺度でしか物事を観れない」

そう、わたしたちが観ている世界は
わたしたちひとりひとりのモノの観方を通して
認識されています。

ある人にとっては楽しい雰囲気も
ある人にとっては騒がしかったり、

ある人にとってはジメジメして不快な梅雨時も
ある人にとっては故郷を思い出す季節だったり…

誰かの、自分に対する視線にすら
自分なりの解釈を持ってしまう。

「あいつは俺のことをこう思っているに違いない!」

一瞬一瞬の出来事すべてが
わたしたち一人一人にとって
それぞれに違う意味を持っていますよね。

だから、わかりあうというのが非常に難しい。

だかこそ、相互のコミュニケーションを
学ぶことは大切なのですが、
そもそもそういうことを学ぶことが大切だと
認識する視点を持てるかどうか?

というのは個人の資質によるところが大きいですよね。
人に学べと言われても、
無意識に問題を感じていなければ、
あるいは興味を持っていなければ、
学ぼうとはなかなかしないでしょう。

コミュニケーションに限らずですが、
わたしたちは、自分で自分を客観視する視点を
健全に育つことができれば
大人になる過程で手に入れていきます。

でも、いくら自分を客観視できるといったって
どこまで言っても自分は自分。

幽体離脱して、しかも全く別人格の視点で
自分を観れるなんてことは起こりません。

都合もあれば感情もある。

だからこそわたしたちは日々、
その自分を広げて、深めていかなければならない。

日々これ精進…とは、わたしにとっては
そういうことです。

どこまでいっても自分は自分。
自分が広がることがあっても
それが自分の尺度でなくなるわけではない…。

そこに永遠のもどかしさを感じます。
もどかしいから自分の壁を壊して
もっともっと自由になりたいと思う。

もう、禅問答みたいですよね。
でも、それが自分を成長させるということでしょう。

自分に囚われすぎない。
できるだけニュートラルに世界を感じる。

そういう情緒を身に着けるのもにも
ある程度の自己改革が必要な場合もあります。

じゃあ、どうやって自分を広げていくのか?
自分の尺度をどうやって壊していくのか?

単純明快。より多くの人の視点を知る。
多くの本を読む、多くの人と話す、
より多くの経験をする。

そして、知識、経験、思考だけではなく
感情や精神までをもサポートしてくれるのが物語。

小説であったり映画であったりするわけです。

特にこれからの時代は、情緒…
心の視野をどれだけ広げて、深めて、
安定させていくか。

それによって、幸せでいられるかどうかが
大きく分かれていく、
“EQ(心の知能指数)格差”が広がっていくと思います。

余裕がないと思っている人、
必要がないと思っている人、
ピンとこないなと思っている人ほど、
重要視したほうがいい。

自分の世界は広げたもん勝ちです。


              全ての物語のために













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posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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