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2017年05月30日

ドラマ「重版出来! #5」人生でもっとも大事な運とは?



「無知の知」に気づける人と気づけない人がいる。

これに関しては、本当に悔しいです。

上から目線みたいな言い方になっていますが、
言いながら、ある人から見たら
わたし自身が「気づけない残念な人」
である可能性ももちろんおおいにある。

そういう視点も忘れずに書いていることだと
思ってください。

「無知の知」
自分が知らないということを知っているということ。

こういう視点を持たなきゃといくら伝えても
「意味がわからない」「お前が偉そうに言うな」
など、何かしら反発して受け入れない。
認めようとしない。

わたしの信念は、『最良の気づきは
その人の人生において最良のタイミングで
訪れるもの』です…

というものです。

でも、自分でも気づいていました。

気づきは最良のタイミングでやってくるからと言って、
誰にでもその気づきのときはやってくる…
とは言えない…ということに。

気づいたときは、それはその時が気づくべきとき。
後でも先でもなく今がベストだったんだよ。
だから、遅すぎたなんてことはない。

そういう意味でもありますが、
それは「気づくことができたなら…」という
大前提があるということです。

だから「気づけない人」もいる。

でも、そこも含めてその人の
「人生の課題」なんですよね。



最近になって昨年2016年4月期のドラマを
観はじめたのは初見の「グッドパートナー最強の弁護士」
だけではりません。昨年の今頃大変気に入っていた作品
も2回目をまとめて観ています。その中から

ドラマ「重版出来!」
第5話


を再び紹介します。

黒沢心(黒木華)はマンガ家を目指す東江(高月彩良)が、
安井(安田顕)の依頼を受けたことで、
失恋したような気持ちになっていました。

一方、一向に絵が上達しない“ど下手伯”こと
中田伯(永山絢斗)の新人賞に応募する原稿を
何度も書き直しをさせていました。

さらに、五百旗頭(オダギリジョー)が発掘した
大塚シュート(中川大志)の「KICKS」の単行本化が決まり、
その手伝いをする事に。

新人作家の可能性に傷をつけぬよう、
確実に売らないといけない初めての単行本が、
人気デザイナー野呂(ヒャダイン)の手で
魔法にかけられていく様子を目の当たりにします。

また最近、何者かの視線を感じている五百旗頭。
バイブスの編集部内では、ストーカー疑惑が浮上。

なんとその視線の正体は心でした。

五百旗頭から学ぼうと事あるごとに隠れて
観察をしていたのです。

その結果、日ごろから善い行いをする“いい人度”が
尋常ではない五百旗頭に驚きます。

しかしその行動には理由がありました。
久慈勝社長(高田純次)の真似をしているとのこと。

大企業の社長なのに、酒もタバコもギャンブルもせず
必要最低限の質素な生活を送っている久慈。

すべては“運をためる”ため、でした。

炭鉱の町の貧しい家庭に生まれ、母ひとり子ひとりで
暮らしていた久慈は、中学卒業の日に母が男と逃げて
将来の夢も抱くことができずにいました。

博打や強盗に手を染めていたある日、
金欲しさに一人の爺(火野正平)を襲おうとします。

しかし、その老人の言葉によって…。



運を貯めることを教えたのはその老人でした。
人殺しなんて、全ての運を失う。人生は終わる。
自分がどうなりたいのか?
そのためだけに全ての運を使うために
普段から運を貯めておけ…

そんな考え方を教える老人。

しかしまだ若い、十代の久慈にそんなお説教がを
素直に聞けるはずもありません…
とはいえ、老人の佇まいに“本物”を感じたのか
何かを感じたじろいでしまいます。

そんな久慈に老人が言います。

「オイが言うことが信じられんか?
信じられんなら、そいがワイの運たい」

わたしは深くため息をついてしまいました。

諦め…というのとは少し違います。
諦め=失望
でも、この感じは諦めの向こうに覚悟がいる。

残念なようで、でも認めなきゃならない事実。
自分の力がおよばない部分…
およばせちゃいけない部分…
それをしてしまうと介入になってしまう。

それでも人と付き合うなら覚悟がいるし
自分を人と対等にいられる自分にたもつにも
やっぱり覚悟がいる。

それは自分と相手の人生を信じる覚悟。

言い換えれば自分と他者が
気づける“運”をちゃんと持っていると
信じ抜く覚悟。

わたしたちは他者との対話によって
多くの気づきを得ることができます。

でも、それは必ずしも
相手が自分に望んでいる気づきでは無いでしょう。
だから、自分が相手に気づいてほしくて
誠心誠意伝える努力をしても、
そこから相手がなにを受け取るか?
それはコントロールできるものではない。

その諦めと信じること。

「そいがワイとオイの運たい」

人生、運だめしですね。
世の中の全てを“気づけない”のなら、
万物の中で果たして自分は何を気付き紡ぐのか?
隣の彼や彼女は何を気付きつなぐのか?

そう考えれば、諦めと覚悟の先には
やっぱりわくわくが見えてきます。


         全ての物語のために










posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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