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2017年05月25日

ドラマ「母になる #6」Being〜子どもはあなたを通して生まれてきたがあなたのモノではない!〜




今日はわたしも怒りで書きっとばします。


Being 意味わかりますか?

あなたが親なら、学んだ方がいい。

本気でわが子の幸せを願うなら
本当に学んだ方がいい。

人という存在として、命ある、心あるわが子を
持つというのなら、本来は分かっていて当然
の在り方なのです。

Being 存在していること。ただそこに在ること。

たったそれだけなんです。

何が?って?

わが子を愛する理由です。
わが子を認める理由ですよ。

ほかになにかを望むなら、
こうあってほしい、こうあるべき、
こうであってはならない、
これができるから、あれができないから・・・
そんなことを望むのは、
それは押しつけです。

いや、百歩譲って望むのは良いでしょう。
期待するのも良いでしょう。

しかし、それは親であるあなたのものであって
あなたの子の人生には関係ない。

関係ないとはなんだ!?
まさにわが子の人生を思ってのことだろう!
って怒ってもかまいません。
でも、その大前提が分からずに怒るなら
ただの無知であり、それは大いなる罪です。

わたしはそのことを知らずに親になりました。
いいや、運がいいことに
ちゃんと植え付けられていた。
わたしの場合はなんとなく感じてはいたけど
ちゃんと分かっていなかっただけです。

それでもわかったときは唖然としました。
よくものこんな大事なことを知らずに
親になったものだと焦りました。

今でも、正直息子に自分の望みを
押しつけそうになります。
期待を押しつけそうになることもあります。

そのたびに猛烈に反省します。



回想中心でなかなかストーリーが前に進まない
回でしたね。でも、今後の展開にとって、
とくに登場人物の心情を理解するためには
重要なお話でもありました。

ドラマ「母になる」
第6話


を観ました。

柏崎オートに再び現れた麻子(小池栄子)は
ここで働くことになったと言い出します。

しかし直後、彼女が刑務所にいたことを知り
さらに唖然とする結衣(沢尻エリカ)と
陽一(藤木直人)でした・・・。

木野(中島裕翔)によると、
2年前に麻子がおこした事件は、
つきまとう男の暴力から
広(道枝駿佑)を守るためでした。

麻子が本当の母親だと思っていた木野が、
刑務所に面会に行ったのは
広に託されていた手紙がきっかけでした。

木野が柏崎家にたどり着くまでに
分かった事実、麻子が語った真実は・・・

そして全てを知ったとき結衣は
ある決断をするのでした。



麻子にもいくぶん同情してしまうような
過去のお話でした。

劇中、麻子が自分の母親のことを
完璧な母親だったと言うシーンがあります。

しかしはたから見てると
それはカゴの中にいるから見えていないだけ。

娘に大きな劣等感を植えつけた親です。

親心、娘を思う余り・・・その気持ちは、
「あなたにも子をもつ喜びを知ってほしい」
と言う何よりの願いに現れています。

母にとって麻子の誕生は
それだけ大きな喜びだったのです。

でも、母の無知です。母の罪です。
麻子はかばうでしょうから、
そしてフィクションの世界ですから
思い切りはっきり言わせていただきます。

愛情が悪いのではありません。
無知が悪いのです。
無知は虐待にもなる。

もともと献身的な母性を持っている麻子。

そんなすばらしい我が子に
自分が知っている幸せだけが幸せなのだと
無自覚に押しつけていたわけです。

そして、それができない麻子に
母の望み通りの人生をおくれない自分への
劣等感を植え付けた。

木野が言います。「あなたは悪くない」
間違ってはいたけれど、
あなただけが悪いわけではないと。
そして、その時は誰かがそういってあげなきゃ
ダメなんだと思ったのだと
その時のことを結衣と陽一に話しました。

木野のこの人をサポートする感性も
素晴らしいですね。

もしも、麻子の母が、麻子をBeingだけ
存在そのものを認めていたら
麻子はもっと違った人生を歩んでいたでしょう。

それこそ、母が望むような幸せを
本人も「母に言われたから」ということとは
関係なく、自分の幸せとして傍受できる
そんな人生を送っていたかもしれません。

万が一、なにかの不運で
子が授からなかったとしても、
その献身的な母性はもっと多くの
可能性を秘めていたことは確かですよね。

それこそ木野がやっているような仕事で
その母性をいかんなく発揮したかもしれない。

麻子は自分はダメだと思ったときに
ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイ・・・
と繰り返します。

もしかしたら、こんな麻子を観て
親の価値観が気に入らなかったら
反発してでも自分の人生を勝ち取れよ!
と、優しくて強いあなたは
言ってやりたくなっているかもしれませんね。

実はわたしもそう、強く思っています。

でも、人にはそれぞれ持って生まれた
性格というのもあります。

そういう強さを発揮できるようになるには
麻子の母の、娘への向き合い方が
やっぱり違っていたのです。

全てが間違いではないでしょう。
麻子は自分が愛されていたことは
分かっているはずです。

でも、どんな失敗をしても
存在そのものを認めてくれている・・・
と魂の底から感じたことが
どれほど在ったでしょうか?

人の子にとって、もっとも必要なこと。
それはどんなことがあっても
自分の存在を認めてくれる人がいる。
ということです。

当たり前に親の役目です。

うまくできなくてもいい。
親をやっていくならそれだけは
諦めないでいただきたい。

そう在れる自分を目指して成長する姿勢、
それだけは諦めないでいただきたい。

それを諦めたら親失格です。
でも、本来は子を宿したときから
親失格という道を選ぶ権利なんて
持っていないはずです。

それが魂の約束なんだと思っています。

それでも人間界は寛容です。
そんな罪を犯したわたしたちでさえ
その存在そのものを認められている。

この愛を、わが子がどうすれば
感じることができるのか?
それを考え実践するのが親の役目です。

え?大いなる愛なんて感じたこともない?
自分の存在そのものを認められているなんて
感じない?

よかったじゃないですか!
それが今の自分の位置です。
あなたはいま、自分自身がそれを感じられない
というスタート地点を確認したんです。

どこかを目指して学ぶにも、
自分の現在地がわからないと向かいようがない。
じゃあ、まずはどうすれば
あなた自身が、存在しているだけで
尊いのだと心の底から思えるようになるのか?

周囲の条件や、誰かがこうだから、
ということに関係なく、
あなたの心の在り方だけで
どうすればそうなれるのか?

それを学んでいくことから
始めればいいわけです。

自分の無知に気づいたら、
学び始める時です。

さて…

怒りで突っ走ってきました。

でもこれはわたしの価値観…、
わたしの
「〜であるべき」「〜であってはならない」
です。

もしもあなたが、わが子に条件を付けてしまい
存在そのものだけで完全に認めてあげることが
できていなかったら…と仮定して、

そんな仮定・架空の“あなた”の胸ぐらをつかんで
わたしの価値観を押し付けただけにすぎません。

わたし自身の主張と矛盾しますよね。

だから、今からその手を放します。
突き放します。

わたしはこう考える…わたしの考えはこうだ…
ということは発しますが、

だからといって、

あなたもこう考えるべきだ!
こう感じるべきだ!

と、押し付けはしません。

あなたがどう考え、どう感じるか…
それは完全にあなたのものだからです。

あなたにも幸あれ。



        全ての物語のために



水橋文美江 脚本作品







posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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