お知らせ 2019年10月1日からこのブログ
「あなたの幸せ力を引き出すストーリーセラピー【ストセラ】」は
https://storytherapy.net/
へ移行します。

こちらのseesaa版は、これまでの記事のアーカイブとして残します。
今後とも、よろしくお願いいたします。

2017年02月17日

ドラマ「嫌われる勇気 #5」これはわたしの課題であってあなたの課題ではないけど書いちゃった(笑)



学校の教室にいて、次の授業の
宿題や教科書そのものを忘れたことに気づき
いや〜な汗をかく…

なんやかんやあって、高校を辞めることに…

なんて夢を、未だに見ることがあります。

夢の中ではものすごく焦っているけれど、
学校を出て金網越しに独りで
クラスメイトが授業している風景を観て
自由になった自分を感じてもいる。

そんな夢です。

わたしの心の深い部分を表現している夢として
納得しているんですが、今回はその夢の
テーマとはあまり関係ありません(笑)
すみません。

問題は宿題や忘れ物というところからの連想。

実際、わたしは小中高と、
勉強が好きではありませんでした。

学校の授業中も、窓の外に怪人が現れて
自分がヒーローになるという空想(妄想)の中で
楽しんでいたりしました。

宿題も当日、友達に写させてもらうこともしばしば。

そのつけは、今もちゃんと払い続けています。

後悔しているか?

う〜ん、ピンとこないですね〜。
あのころに戻ったって、どうせやらないでしょう。
だから現状という結果は引き受けられているし、
今、持っている視点も当時の自分の全ての結果、
なのだと認識しているのでむしろ感謝して
受け入れられている。

親が「勉強しなさい」と
言ったからとか言わなかったからとか
そんなことのせいにするつもりは毛頭ないし、
両親にも幸せな少年期・青年期をおくらせてもらったことを
本当に感謝している。

そんな体たらくで予備校まで行かせてもらったのですから
当然ですね。感謝できなきゃただのバカです。
でも、その体たらく自体にも感謝しているというのが
他の人にはあまり理解されない部分ですね。



相変わらず、クライマックスの謎説きの部分は
雰囲気は普通のドラマの謎解きなのに
その中で話されている内容はハイレベルですね(笑)
犯人捜し+セラピーになっている。

ドラマ「嫌われる勇気」
第5話


を観ました。

大文字(椎名桔平)ゼミのOB会が開催されます。
蘭子(香里奈)も出席していました。

蘭子は学年が違うのか、知らないようですが、
犬猿の仲で知られている
塔子(内山理名)と美沙(中島亜梨沙)の姿もありました。

塔子が遅れてきた直後、美沙の夫であり
帝都大学の准教授・山岸(六角慎司)が殺害されたと
美沙の携帯に報せが入りました。

山岸は、自分の研究室で刺殺されていました。
遺体を見た大文字は、遺体の状態だけを見ると、
犯人は男の可能性を示していると言います。

蘭子は、山岸の机に置かれた
「フラワーバレンタイン」というイベントのチラシに
塔子の名前があることに気づきます。

蘭子が青山(加藤シゲアキ)とともに、
イベントについて塔子に事情を聞いていると、
美沙がやって来て、自分に隠れて夫に会っていたのかと、
取っ組み合いのケンカが始まります。

もともと塔子と美沙は仲が良かったのですが、
学生時代に塔子が交際していた山岸を
美沙が略奪してから、絶縁状態となっている…。

というのは周知のことだったのです。

状況から、塔子に容疑がかかるのですが…。



今回のドラマのテーマは「課題の分離」
その課題は誰の課題か?
最終的にその課題の責任を取るのはだれか?

例えば、宿題をするかしないかは
子どもの課題であって親の課題ではない。

「宿題をしなさい」「勉強しなさい」というのは
子どもの課題に親が介入してしまっている状態。

と大文字から青山に説明されていました。

青山は当然反論します。
どう反論し、どう返されるのか?

決して放任を推奨してはいない。

答えはドラマを観ていただく…あるいは
原作となっている本、「嫌われる勇気」を
読んでみてください。

理屈は分かっても、多くの場合釈然としない。
感情的に受け入れがたいというのが本音となる
ことでしょう。

でも、時間をかけてでも理解していった方がいい
と思います。思いますが、それをするかしないかは
あなたの課題であってわたしの課題ではない(笑)

いや、(笑)ってつけたけど実際そうです。

この「課題の分離」に関して言えば、
親として息子を観ている自分の感情から言えば
青山が反論したくなる気持ちも非常によくわかるのですが
実は原作を読んだときに一番最初に
バチバチっ!!!と納得できた部分でもあるんです。

「ああ、やっぱりそうだよね」と。

わたしは他者と自分の境界線を
ずっと意識してきました。

それは、若いころ、境界線がわからず手痛い思いを
してきたし相手に迷惑をかけてきて
そんな自分が嫌だったからです。

だから、考えて考えて、いろいろな書物も読んで
心理学の学校にも通って…

ある霊感がある人からは、
「あなたは自分と他者の境界線が
ハッキリわかっているから、
あなたには霊はついてきません!
だって傷つくもん!」
と、言われたことがあります。

そういった下地ができているところに
「嫌われる勇気」でバチバチっ!!!と
完全にピースがハマったんですね。

そうなんです。
「恨めしや〜」なんて、そりゃお前の課題じゃ、甘えんな!
って思っている。
なんだか、逆に呪い殺されそうでもあるけど
霊なんて人間を超越するくらいの存在になるんなら
それくらい分かれや!と本気で思っている。
「恨めしいのはあなた自身です」と。

もどかしい、苦しいけれど、割り切らないといけないのは
先ほども書いたように「課題の分離」を理解するかしないか
についてもその人の問題であって、
「これを学べ!これを理解しろ!」と
わたしが強要できることではないということ。

だから、息子にはかなり小さい時から
“離別感”や“課題の分離”を意識して
コレは誰の課題か?を一緒に考えるようにしています。

思春期に入ってきて、逆にそれが
難しくなってきているのも感じる今日この頃ですが、
彼が反抗期を脱するときにどう成長しているか?

もここにかかっているんだろうなと信じて
彼の課題に加入しないように、
援助する用意があることは伝えながら
サポートしていきたいと思っています。
もちろん妻に対しても。


                全ての物語のために


















posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。