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2016年09月25日

ドラマ「営業部長 吉良奈津子 #10(最終話)」 VR(バーチャルリアリティ)効果でドラマを良く使う



バス代くらいけちるなよ。
飯代くらいだせいよ。
ちょっとタクシー代を立て替えといて。
買えば良いじゃん。

簡単に言ってくれるな〜と思うときがあります。

生活費を抑えて、節約をしている人には
よく分かるのではないでしょうか?

仕事の昼休み。¥500以上もするランチを
毎日のように食べている人がいれば、
弁当を持ってきている人、
カップラーメン一個で済ませている人、
パン一個で済ませている人、
自宅から持ってきたおにぎり一個で済ませている人…

色々な人がいます。

でも、仕事ドラマの主人公たちは
そんな生活の悩みなんてないかのように
“やりたい仕事”と家庭の問題の間で葛藤を抱えて見せます。

それが、贅沢な悩みにしか見えていない
多くの普通の人たちをおいてきぼりにして…

でも、現実とは違うドラマのような世界に
“入り込める”というのは実は人間の力を引き出すカギなんですよね。



素敵な最終回だったと思います。
切なさをそんな風に添えるのか〜、良いな〜。
なんて、感じました。でも、今日はそのことではありません。
少しだけ現実的に!

ドラマ「営業部長 吉良奈津子」 第10話(最終話

を観ました。

「シティドリンク」のコンペ当日に臨時の役員会が開かれ、
そこで東邦広告の合併が決定すると
一条(DAIGO)に聞いて困惑する奈津子(松嶋菜々子)。

そして夫・浩太郎(原田泰造)とも向き合います。
浩太郎は坂部(伊藤歩)との件を説明し、頭を下げます。

まだ、きっぱり忘れて前を向こうとは思えない、
どう考えたって悲しいと気持ちを伝えます。
その気持ちをつたえつつも「それでもいい?」と、
改めて家族として歩き始めるつもりでいるようです。

出社した奈津子は、斎藤常務(石丸幹二)の元へ出向き、
営業開発部がコンペに勝ちノルマを達成したら、
廃部撤回を社長に進言するという約束を守ってくれと念を押します。

斎藤は、すべては取締役会で決まることだから、
直接乗り込んで社長に直談判したらどうだと言います。

奈津子は、高木(松田龍平)を訪ね、コンペで戦いに挑むより、
部員たちの再就職先を探すことのほうが
部長としての自分の仕事なのかもしれない、と言いますが、
そんな奈津子に高木は、負けるのが嫌いなんじゃないのか!?
と強く気持ちをぶつけるのでした。

プレゼンが迫るなか、営業開発部の面々…
米田(板尾創路)、川原(岡田義徳)、今西(中村アン)、神崎(足立梨花)、
丸尾(白洲 迅)、郷(高木 渉)たちは、一丸となって
奈津子の帰りを待ちながら奔走していました。

そんな部員たちを見て奈津子は気持ちを固めたようです。



最後の高木の描かれ方が、とてもステキでした。
でも、それはまた別の機会に…

とても素敵な終わり方、とても爽やかな終わり方をする
このドラマを見終えて…感動もして、
それでも、考えました。

ドラマに出てくる中流層として描かれるサラリーマンたち。
奈津子の生活をみていると、現実の中流層のほとんどが
「金持ち」に見えるのではないかと。

仕事と家庭、仕事と母の両方をこなして、
一生懸命な女性は沢山います。

わたしのまわりにもいます。

しかし、実際には奈津子のように
好きな仕事の周辺で働けていたり
部長だなんて役職手当がつきそうなポストについていたり
夫の稼ぎもそこそこあって、あんな良いマンションに住んでいる…

なんてことはありません。

時間とお金のバランス、通勤と家庭の事情、
そんなことを考えながら、
アルバイトやパートとして働いている。

スーパーでレジを打ちたいわけじゃない。
コールセンターでお客さんに怒鳴られたいわけじゃない。
工場で流れ作業をしたいわけじゃない。

でも、そんなことを言っていたら家計なんて
支えられない。

今、中流層家庭の平均年収は400万円代だと
言われています。

奈津子の生活は年収400万円で実現できるものではありません。
もともと、浩太郎だけでも600万円はあったのではないでしょうか?

そこに来て、奈津子が巨大広告会社の部長ですから
二人でその倍稼いでいると観ても全然的外れではない。

年収300万円前後で生活している家庭から見ると
中流層ではなくいっそ、上流層に見えても不思議ではない。

それでも、ああいうドラマを普通に観てしまう。
自分たちと重ね合わせる人もいれば、
「あんな生活してて、なにを悩んでいるんだ!?」
と悪態をつきたくなる人もいるでしょう。
それこそ坂部のように羨んでもおかしくない。

わたしも奈津子たちのような生活はできていません。
でも、ふと自分の生活空間を見渡すと、
それなりの生活はできている。

だから、あんなドラマを観ながら普通に共感したりしている。
でもそれは錯覚に近いものもある気がします。

明らかに生活が苦しくて、「あんなのは幻想だ!」
とドラマに興味を持たない人は
せっせと働いているでしょうが、
問題は、生活が届いていないのに
まるで自分のことと同じように共感できてしまう人…

つまりわたしのように中途半端に
そこそこの生活ができている人です。

と…

ここまでは、できるだけ悲観的な視点も取り入れながら
書いてきたのですが、実はわたしは
この「錯覚」が悪いものだとは思っていません。

悪いのは、無自覚なことだけです。

むしろ「錯覚」は利用してやろうと思っています。
バーチャルリアリティでは歩けない人が
まるで歩けているような映像を見せて
感覚を錯覚させて歩けると思わせる。
それによって、本当に歩けるようになる…
なんていう医療への利用も本気で考えられています。

わたしたちは「こうあって当然」という感覚に
現実がズレていると、現実を感覚に合わせようと
努力してしまう習性があるんですね。

わたしは、ヘンに「ドラマの世界の話」だと
割り切って、現実は現実と夢を持たないのもまた
寂しいと思います。

それよりも、どんな生活レベルの人だろうと
その人なりに人生で悩みという宿題に直面し
一生懸命に生きているものだという真実を理解して
自分に今できることを生きながら、
そうある他者も尊重しながら生きる。

その上で、よりよい生活を目指せば、
生活レベルが届かない今も、“幸せ”に生きていける。

そういうことの訓練にも、ドラマや映画の世界に入り込み
現実を生きるという“二重生活”は役立ちますよね。


               全ての物語のために








posted by ストーリーセラピスト at 09:02| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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