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2017年12月13日

ドラマ「刑事ゆがみ #9」思春期?反抗期?あのころの自分、好き?



反抗期という言い方は
実はあまり好きではありません。

わたし自身も十代の経験者ですから
反抗期と呼ばれる期間に
自分の中でどんなことが起きていたのかは
一通り経験しています。

でも、反抗期と言ってしまうと
その精神状態へのイメージが
反抗的な部分にフォーカスされてしまう・・・
限定的なイメージになってしまうようで
好きになれないんです。

むしろ反抗期だなんて大人のほうが
思っているからその年代の子から
反抗を引き出してしまっていないか?

と思える節も世の親子間や教師生徒間など
大人とその世代の少年少女との間に
かいま見えることも多々あります。

まだ思春期という言葉のほうが
受け入れやすいですね。

これもどちらかというと
異性への興味がわく時期というイメージに
限定されかねない言葉ですが、
身体的な急激な変化やホルモンバランスの
急激な変化、見える世界の急激な変化、
そういった物事から自分や他者を
どう捉えるか?
周囲の出来事をどう受け止めるか?
といったストレスが急激に
増えるわけですからイライラして当然。

そういう時期なんですよね。

わたしは一時期そういう時期の自分が
情けなくて嫌いだったことがあります。

ですがこれまでの出会いから生まれた経験、
そして何より妻と息子の存在のおかげで
今では当時の自分を愛おしく思えます。



最終話らしく前半後半に分けられちゃいましたね。
今まで1話完結だっただけにもどかしい!

ドラマ「刑事ゆがみ」
第9話


を観ました。

資産家の元医師が自宅の風呂場で
変死体となって発見されます。

弓神(浅野忠信)や羽生(神木隆之介)たちは現場へ。

被害者の薮田恒男(渡辺哲)は、
熱湯が張られた浴槽で、
体に無数の傷やあざをつけられていました。

屋敷内の金庫の中身や
高価な美術品は盗まれておらず、
薮田の上着から「積年の恨み、ここに晴らす」
と書かれたノートの切れ端が見つかり
怨恨の線で捜査は進められます。

薮田家に通う家政婦で、
死体の第一発見者でもある石崎春菜(二階堂ふみ)は
薮田は随分前に妻の波江(仁科亜季子)と別れ、
息子もすでに他界しているとの話します。

薮田は友人もなく、ずっと家に籠っていたため
恨みを買うような相手も思い浮かばないとも・・・。

そんな中、菅能(稲森いずみ)は、『ロイコ事件』の犯人、
横島不二実(オダギリジョー)の小説、
『聖なる夜空にサンタが舞う』と
今回の事件が酷似していると指摘。

『聖なる夜空にサンタが舞う』は、
度重なる親の虐待に苦しんだ息子が、
失踪後に復讐する物語で、
作中でも父親は風呂場で死んでいました。

薮田の息子・晴男(鹿間康秀)も、
医学部受験に失敗したことを厳しく責められ
家出をしており、戸籍上は認定死亡となっていました。

しかし、弓神はやる気を見せず、
羽生が弓神を尾行すると・・・



回想シーンで薮田が息子の晴男を
叱責するシーンが描かれます。

医学部を目指して3度受験に失敗し
怒鳴られ殴られている。

もう、明らかに成人している年齢ですよね。

晴男もよわよわしく「すみません」と
謝っている。

まあ、親に受験費用や学費を出してもらって
やっていることなら謝るのは
悪いことではありませんが、
それ以前に、医学部受験が
本当に自分の意志だったのか?

というのがまず第一の問題ですよね。

親が決めたレールなら謝るのは親のほうです。

人生を奪っているわけですから
それは殺人と同じ行為だと自覚する必要がある。

かなり強い言葉を使っていますが
これは本当のことで・・・というか
多くの方は・・・あなたも、
わかると思いますが、
人生というものは誰にとっても
自分のものであって
他の誰のものでもありません。

言うまでもない当たり前のこと。
と言える人はいいんです。

でも、「この子は自分の子だから」
とその子がやることまで親が決めてしまう。

これは違う。

確かにあなたの子、それは間違いない。
でもあなたの子はあなたではない。
その違いがわかっていない。

自分の子の人生が、自分とは
全く別のものであることを親が理解しないと
子は悲劇です。

自分の人生を生きようとするのが
本来の人間の魂なのに
それを親という権力で否定し
つぶすのですから魂の殺人です。

ゆがみの回想と思われるシーンで
薮田が涙を流すシーンがありました。

あまりに残酷で悲しいシーンです。

でも、その残酷は誰が誰に対して
行った残酷な行為なのか?

薮田はそれを理解したのでしょう。
だから、日記にある一言を残している。

薮田への仕打ちとしても残酷ですが
それを責められない残酷な行為、
魂の殺人を犯し続けてきたわけですから
背負わなければならない。

自分と他者の区別、離別感。

これの基本は誰もが思春期・反抗期に
わたしたちの中で経験していることです。

でもそれは準備に過ぎない。

家族、特に血のつながった親子となると
この感覚を持つのが強烈に難しくなる。

さらに難しいのは元々他人なのに
血のつながった家族同様の覚悟と
離別感の両方を持たなければならない
夫婦間だったりもするのですが、
どちらも基本はこの自分と他者の区別
なんですよね。

思春期に思いっきり悩んで葛藤してほしい。
だからわたしは反抗だろうが思春だろうが
どうでもいい。

今このときの息子の生を大いに祝福して
見守っていきたいと思っています。

だって「この子はわたしの子だから」!


      全ての物語のために












posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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